キミの隣が好き
(岩橋くんっていい人だけど、困る……)

 昇降口でため息をつきながら靴を履き替えていると、近くの廊下を魅音が通りかかった。急いで呼び止める。

「魅音!」
「うちの名を呼ぶ声がしたような? 空耳?」

 魅音の制服の袖を引っ張って、歩くのを止めさせる。

「なに? 空耳が起こる原因について、蘊蓄《うんちく》を聞きたいとか?」
「そうじゃなくて、【ん】さんのコメントにあった、猫を貸すって話。魅音の猫って、全然おとなしくないから! 私、十回ぐらいひっかかれたよ!!」
「うちの前では、おとなしい猫なんですけどねぇ」

 魅音の猫は触られるのが嫌い。うっかり手を伸ばそうものなら、毛を触る前に鋭い爪で引っかかれる。
 とぼけ顔の魅音に、疑問をぶつける。

「なんであんなコメントをしたの?」
「だって、早く付き合ってほしいんだもん。待てない。退屈。つまらない」
「もぉ! 猫は無理だよ。水都、猫アレルギーだもん」
「そうなの? それなのに借りようとしたの? 健気な男だな! じゃあ、どうやって、ゆらりをみなっちの家に行かせたらいいんだろう? キスするシチュを作ってあげたいのに」
「なっ⁉︎」
「みなっち、告白するタイミングを図っていると思うんだよね。で、告白の後は、キスでしょ」
「そんな軽い人じゃない!」
「いやいや、みなっちだって男だ。キスする気満々だ」
「そんなことない!!」
「あっ……。うち、部活行くね。もうすぐで合唱コンクールだから、忙しくてぇ」

 魅音の視線が私の頭を飛び越えて、背後にあるなにかを見た。

 振り返ると──水都がいた。

 魅音はひらひらと手を振って、部活に行ってしまった。
 水都の顔がほんのりと赤い。キスの話、聞こえてしまったに違いない。
 気まずくて視線を外していると、水都がぽつりと言った。

「一緒に帰りたいと思って……追いかけてきました……」
「はい……」
「一緒に帰れる?」
「うん……」

 私たちは並んで、学校を出た。
 私のアパートの近くで別れたのだけれど、会話は学校の勉強に関することだけで、魅音の話も猫の話もしなかった。
 
 
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