キミの隣が好き
 私と水都の出会いは、幼稚園。
 水都は有名な私立の幼稚園に入ったのに、馴染むことができなかったらしい。毎朝トイレに閉じこもって登園拒否をしていたそう。
 水都の父親は大病院に勤めていて、激務だった。母親はワンオペ育児に疲れ果て、近所の幼稚園に見学に来た。
 それが、年中の九月。私は五月生まれなので五歳で、水都は三月生まれなので四歳だった。
 水都はチビでひょろひょろしていて、肌が白かった。もやしっ子という表現がぴったり。

 水都は幼稚園の門から中に入ってこなかった。母親が、つないでいる手を引っ張っても動かない。足を踏ん張り、顔を真っ赤にしてその場から動こうとしない。
 目に涙を浮かべながらも泣くことをせず、口をへの字に曲げていた。先生が優しい笑顔で話しかけても、頑なに黙っている。

(へー、おもしろい子!!)  

 私は興味を引かれて、駆け寄った。

「先生、その子だあれ?」
「ミナトくん。見学に来たのよ」
「そっかー。ミナトくん、なにして遊ぶ?」
「…………」
「ままごとがいい? それともクルマ? 砂場もあるよ。砂に恐竜を隠して遊ぶ?」
「…………」

 水都の代わりに、母親が答えた。

「水都は恐竜が大好きなの。トリケラトプスやスピノサウルスが好きなのよ」
「スピノサウルスって、なに? どんな恐竜?」

 水都の唇がかすかに動いた。私はそれを見逃さず、上半身を折って、水都に顔を近づけた。

「教えてくれるの?」
「……白亜紀後期の、魚を食べる恐竜」
「私も、魚好きだよ。あ、いいこと考えた!! 砂場に魚を泳がせて、スぺノサウルスに捕らせよう!!」
「ん」

 私は水都の手を引っ張ると、園内へと走った。水都は抵抗しなかったので、スムーズに走ることができた。
 ままごと道具の中からサンマを引っ張りだすと、砂場に作った池に泳がせる。それから、おもちゃ箱の中からナイロン製の恐竜を持ってきた。

「持ってきたよー!」
「……それ、ティラノサウルス」

 幼稚園のおもちゃ箱の中には、スピノサウルスはいなかった。仕方がないので……。

「この恐竜の名前を、スぺノサウルスにしよう!」
「ん」

 スピノサウルスを、スペノサウルスとインプットしてしまった私。でも水都は同意してくれた。
 私は泥水に手を突っ込んで、サンマを泳がせる。

「食べたいなら、捕まえてみろー! がおーっ!!」
「ん」

 私が手にしているのはサンマ。スペノサウルスを持っているのは水都である。
 それなのに、私は恐竜ばりの雄叫びを放って、勢いよくサンマを泳がせた。水都はスペノサウルスを手に、泳いでいるサンマを追いかける。 
 楽しくなった私はすっかり調子づいて、サンマをジャンプさせた。
 
「飛びまーす! 追いかけておいでー!!」
「ん」

 空を飛んだサンマは、すべり台をのぼって銀色の坂を滑り落ちる。スペノサウルスも後に続く。
 その後サンマはトンネルに隠れ、見つけたスペノサウルスに食べられた。
 はちゃめちゃな遊びなのに、水都は文句を言うことなく付き合ってくれた。

 

 
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