キミの隣が好き

第三章 キミを守りたい

 岩橋くんのお父さんが経営する美容室で、髪を切ってもらった翌朝。
 家事をする合間に、鏡を何度も覗き込む。
 眉の上で揃えられた前髪。軽く梳いてもらったので、おさげにした髪の量が少なくなった。耳横に垂れるように作ってもらった後れ毛が、おしゃれで可愛い。おまけに眉毛カットまでしてもらい、垢抜けた。
 プロってすごいと、唸るしかない。

「水都、どういう反応するかな……」

 水都の反応が気になるのにはワケがある。昨夜の【つぶラン】の返事が、おかしかった。

【ん@supenosaurusu・5分前
 僕とアメショーと猫の飼い主。誰が一番好きですか?】
 ↓
【ゆり@yurarinko・3分前
 ふふっ(*^^*) 名前に『ゆ』がつく人が好きです】
 ↓
【ん@supenosaurusu・1分前
 (๑•ૅㅁ•๑)】

 勇気を出して、『ゆ』のつく人が好きって送ったのに……。なんで微妙な顔文字を使ったの? 意味がわからない。


「ゆらり。時間だぞ」
「あ、はーい!」

 父に声をかけられ、慌てて玄関に向かう。
 私が玄関の鍵を閉めるのを見ていた父が、「ああ、そういえば……」と沈んだ声をだした。

「大家さんが入院したらしい」
「あのお爺ちゃんが?」
「ああ。九十歳を超えているからな。退院はできないかもしれないとの話だ。昨日、大家さんの娘さんと話したんだが、このアパートを壊して駐車場にしたいらしい」
「ええっ!」
「娘さんは県外に住んでいるから、管理しやすい駐車場のほうがいいそうだ。うちらしかいないのに、今まで住まわせてもらったことをありがたく思うよ」

 錆びたにおいがする鉄階段を降り、アパートを見上げる。
『コーポ向井』は昭和四十年代に建てられた。近所の小学生から「幽霊アパート」と呼ばれるほどにボロい。けれどその分、家賃が格安。
 しかし、六世帯入るところを、私たちしか入居していない。いつかは取り壊されるだろうと、覚悟はしていた。

「新しい家、探さないとね」
「そうだな」

 父が言うには、大家の娘さんは、私たちが新しい住まいを見つけるまで待ってくれるそう。だからといって、一年も二年も居続けるわけにはいかない。
 休みの日に不動産に行こうと父と約束し、私は学校へ、父は自転車で職場へと向かった。


 
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