キミの隣が好き
父と別れ、歩き始めて五分。公民館の前に、水都が立っていた。
「あれ? どうしたの?」
高校に入って半年。朝の通学時に初めて、水都に会った。
私は始業三十分前に学校に着く。けれど、いつも水都は時間ギリギリに教室に入ってくる。それなのに……。
「おはよう。ゆらりちゃんがどんな髪型になったのか気になって、早起きした」
「えっ⁉︎ そうなの?」
「うん」
「ど、どうかな……。岩橋くんは髪を下ろしたほうが可愛いって言ったんだけど、勉強するのに邪魔だから、結びたいって言ったの。そしたら美容室のお姉さんが、耳の横に後れ毛を作ろうって提案してくれて、こんな感じになったんだ。岩橋くんからは、田舎の女子高生から都会の女子校生になったって褒めてもらえたんだけど……」
「岩橋に誉められたんだ……」
「うん」
「ゆらりちゃんが髪を下ろしたところ、岩橋は見たんだ……」
「そうだね」
「髪を下ろしたほうが可愛いって言ったんだ……」
「うん、まぁ……」
「……ずるい……」
拗ねた表情で、歩きだした水都。慌てて隣に並ぶ。
そっと見上げると、水都は口を真一文字に結んでいる。
「怒っている?」
「全然怒っていない」
「そうなの?」
「嘘。すっごいムカついている」
「やっぱり! 怒っていると思った。どうしたの?」
水都は基本的に無表情。感情を表に出さない。だから、なにを考えているのかわからない不思議系クール男子だと称されている。
けれど私は長い付き合いなので、水都を無表情だと思っていない。
楽しいとき、嬉しいとき、悲しいとき、怒っているとき、疲れているとき。
口元や頬や目元や眉が、少し変化する。
今の水都は、口元に力が入っている。怒りのために不機嫌になっているのが、私にはわかる。
「僕が一番に、可愛いって褒めたかった」
「あ、ありがとう。何番でも、水都に誉められるのは嬉しいよ」
「ダメー。一番じゃないと嫌だ」
拗ねている水都がなんだか可愛くて、思わず笑ってしまう。
クスクス笑った私に、水都は目元を和らげた。
「そういえば。岩橋の下の名前、知っている?」
「下の名前……えぇと……。カイトくんだっけ?」
「違うよ」
水都は楽しそうな笑い声をあげた。
「結斗だよ」
「あっ! そ、そうなんだ。間違って、覚えていた……。あの! 岩橋くんに言わないでね。ゆらりさん、ひどいって怒られそう」
「言いたい。ゆらりちゃんは岩橋のこと、一ミリも意識していないって、笑ってやりたい」
「ダメっ!」
「あのさ。そういうわけで、岩橋にも『ゆ』がつくんだけど」
「あ……」
水都がなにを言いたいのかわかった。変な顔文字だったのは、『ゆ』が原因だったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってね!」
鞄からスマホを取り出して、親指を忙しなく動かす。
【ゆり@yurarinko・10月23日
ふふっ(*^^*) 名前に『ゆ』がつく人が好きです】
↓
【ん@supenosaurusu・10月23日
(๑•ૅㅁ•๑)】
↓
【ゆり@yurarinko・1分前
『ゆ』の他に『み』がつきます!!】
水都の前で【つぶラン】に投稿するだなんて、【ゆり】は私だと明かしているようなもの。けれど言葉にしていないだけで、とっくに正体はバレているのだ。
投稿し終わって、チラリと水都を伺う。
スマホの画面に視線を落としていた水都の唇が、ふふっと笑った。
「あれ? どうしたの?」
高校に入って半年。朝の通学時に初めて、水都に会った。
私は始業三十分前に学校に着く。けれど、いつも水都は時間ギリギリに教室に入ってくる。それなのに……。
「おはよう。ゆらりちゃんがどんな髪型になったのか気になって、早起きした」
「えっ⁉︎ そうなの?」
「うん」
「ど、どうかな……。岩橋くんは髪を下ろしたほうが可愛いって言ったんだけど、勉強するのに邪魔だから、結びたいって言ったの。そしたら美容室のお姉さんが、耳の横に後れ毛を作ろうって提案してくれて、こんな感じになったんだ。岩橋くんからは、田舎の女子高生から都会の女子校生になったって褒めてもらえたんだけど……」
「岩橋に誉められたんだ……」
「うん」
「ゆらりちゃんが髪を下ろしたところ、岩橋は見たんだ……」
「そうだね」
「髪を下ろしたほうが可愛いって言ったんだ……」
「うん、まぁ……」
「……ずるい……」
拗ねた表情で、歩きだした水都。慌てて隣に並ぶ。
そっと見上げると、水都は口を真一文字に結んでいる。
「怒っている?」
「全然怒っていない」
「そうなの?」
「嘘。すっごいムカついている」
「やっぱり! 怒っていると思った。どうしたの?」
水都は基本的に無表情。感情を表に出さない。だから、なにを考えているのかわからない不思議系クール男子だと称されている。
けれど私は長い付き合いなので、水都を無表情だと思っていない。
楽しいとき、嬉しいとき、悲しいとき、怒っているとき、疲れているとき。
口元や頬や目元や眉が、少し変化する。
今の水都は、口元に力が入っている。怒りのために不機嫌になっているのが、私にはわかる。
「僕が一番に、可愛いって褒めたかった」
「あ、ありがとう。何番でも、水都に誉められるのは嬉しいよ」
「ダメー。一番じゃないと嫌だ」
拗ねている水都がなんだか可愛くて、思わず笑ってしまう。
クスクス笑った私に、水都は目元を和らげた。
「そういえば。岩橋の下の名前、知っている?」
「下の名前……えぇと……。カイトくんだっけ?」
「違うよ」
水都は楽しそうな笑い声をあげた。
「結斗だよ」
「あっ! そ、そうなんだ。間違って、覚えていた……。あの! 岩橋くんに言わないでね。ゆらりさん、ひどいって怒られそう」
「言いたい。ゆらりちゃんは岩橋のこと、一ミリも意識していないって、笑ってやりたい」
「ダメっ!」
「あのさ。そういうわけで、岩橋にも『ゆ』がつくんだけど」
「あ……」
水都がなにを言いたいのかわかった。変な顔文字だったのは、『ゆ』が原因だったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってね!」
鞄からスマホを取り出して、親指を忙しなく動かす。
【ゆり@yurarinko・10月23日
ふふっ(*^^*) 名前に『ゆ』がつく人が好きです】
↓
【ん@supenosaurusu・10月23日
(๑•ૅㅁ•๑)】
↓
【ゆり@yurarinko・1分前
『ゆ』の他に『み』がつきます!!】
水都の前で【つぶラン】に投稿するだなんて、【ゆり】は私だと明かしているようなもの。けれど言葉にしていないだけで、とっくに正体はバレているのだ。
投稿し終わって、チラリと水都を伺う。
スマホの画面に視線を落としていた水都の唇が、ふふっと笑った。