竜族に生贄として捧げられたはずが、何故か花嫁として溺愛されています!?  ――――青き竜は、不遇な令嬢をひたすら甘やかしたい
「少し寂しくなったか」

 雲を抜けて、ゆっくりと飛びながらイーヴがつぶやく。

 マリエルとは生きる時間が変わってしまったから、もう彼女に会うことはないだろう。今はまだ人の時の流れの方が慣れているけれど、そのうちシェイラも竜族と同じ時間感覚で生きるようになる。そうなれば、人間の寿命なんて一瞬だ。

 心配しているようなイーヴの声に、シェイラは笑ってたてがみに顔を埋めた。

「ん、少しだけね。でも私にとって大切なのはイーヴだから」

 ラグノリアでの心残りはマリエルのことだけだった。両親のことすら思い出さなかった自分が薄情だなとも思うけれど、数えるほどしか顔も見たことのない両親は、シェイラにとってレジスやエルフェよりも他人に近い。

「私の居場所はドレージアだし、イーヴのそばだから」

「そうだな」

「あ、でもね、イーヴの鱗がマリエルの手元にあるのは少し妬けるかな。あの子の幸せを願う気持ちに嘘はないけど、イーヴの身体の一部を渡すと思うとね」

 笑いながら、シェイラは少しだけ唇を尖らせてみせる。念入りに保護魔法をかけた鱗を渡すことは、目に見える形で示しておいた方がラグノリアに分かりやすいと、イーヴと相談して決めたことだ。

 それでも愛する人の一部を渡すことには、少しだけ不満がある。しかも相手は自分と同じ顔をした妹だから。

 拗ねたようなシェイラの声に、イーヴが機嫌良さそうに笑う。

「可愛い嫉妬だな。ラグノリアには鱗の一枚くらいくれてやれ。それ以外の俺の全ては、シェイラのものだろう」

「うん。全部全部、私のものよ」

「そしてシェイラの全ても、俺のものだ。――愛してる、俺の花嫁」

「ふふ、私も愛してる。誰よりも大切な私の旦那様」

 たてがみに頬擦りをすると、イーヴがくすぐったそうに笑った。

「よし、花畑を見に行って、そこで夜まで過ごそう。それから湖を見て帰るっていうのはどうだ?」

「素敵! ちゃんと厚着してきてよかった!」

「アルバンが、食事を持たせてくれただろう。今日はシェイラの誕生日だからな、ピクニックでお祝いしよう」

「わ、嬉しい! こんなに幸せな誕生日って、生まれて初めてです」

「誰も来ない秘密の場所だから、二人でゆっくり過ごそうな」

 色気をはらんだその声に、シェイラは一瞬で顔を赤くする。

「そ、外でするのはちょっと……」

「誰もそんなこと言ってないけど、シェイラが望むなら仕方ないなぁ。誕生日だしな」

「私も言ってないもん!」

 真っ赤な顔で頬をふくらませると、イーヴが声を上げて笑った。それにつられてシェイラもついふきだしてしまう。



 くすくすと笑いながら、シェイラは身体全体でイーヴに抱きついた。

「大好き、イーヴ。たくさんの幸せを私に教えてくれて、ありがとう」

「俺の方こそだ。シェイラの優しさに、俺がどれほど救われたか。もう絶対に離さない、俺の唯一」

 抱きついているから、イーヴの声が身体全体に響いて染み込んでいく。低く優しいその声に目を細めて、シェイラはぎゅうっとたてがみを握りしめた。

 シェイラを背に乗せた青い竜は、二人きりの秘密の場所に向けて、晴れ渡った空を滑るように飛んでいった。



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