仁科くんの思い通りになんてなるもんかっ
1
〇仁科の家・玄関
仁科を押し倒す、びしょ濡れの聖良。
透けたシャツがぴったりと身体にまとわりついている。
聖良(なんで……こんなことになったんだろう)
土間には水浸しのローファーが散らばる。
髪から水滴がポタポタと落ちる。
聖良(なんで、なんで……なんで私、仁科くんのこと押し倒してるの──!?)
聖良の頬から零れた水滴が仁科の顔のすぐそばに落ちるが、仁科は表情ひとつ変わらない。
聖良(こんなに動揺してるのは……私だけ?
びしょ濡れで、身体は冷えているはずなのに。熱い。ものすごく、熱い)
仁科「……誘ってるの?」
聖良「~っ!?!?」
聖良(こここここれ以上、熱くさせないでよ……!
……って言うか本当に、なんでこんなことに……!)
〇場面転換:学校・教室(昼休み)
授業が終わるチャイムが鳴ると同時に、教室の真ん中1番後ろの席である聖良の元にすみれが駆け寄る。
すみれ「せいらぁ~!聞いてよっ」
聖良は教科書を片付けながら笑顔を向ける。
聖良「どうしたの?」
【速石聖良、高校3年生。】
聖良(先日18歳になったばかり。だけど──私服だと大抵、お酒が飲める年齢に見られます)
すみれ「彼氏がさぁ!」
聖良(なるほど……いつもの恋愛相談ね)
興奮気味のすみれに対して、聖良は冷静な様子。
聖良(長身で、大人びた顔付き。恋愛経験が豊富だという、誤って流れた情報。色んなことが重なって、私は女子から恋愛相談をされることがよくある)
「なにかあった?」
すみれ「彼氏が……っ、他の女と遊んでるのを目撃しちゃったの!」
聖良「……あー、なるほどね」
聖良は何度も頷く。
聖良(まるで自分が経験者で、「はいはい、そんなこともあるよねー」って共感してるみたいな雰囲気をだしているけど。本当は、私──恋愛経験、ほとんどありません)
すみれはうわぁーんと、聖良に泣きつく。
聖良は眉間に皺を寄せ、頭をフル回転させる。
聖良(ほかの女と遊んでるって、浮気ってこと……?)
(いや、決めつけるには早すぎるよね……?)
(でもでも、怪しい気もするし)
(ううーん……)
しばらく脳内で討論をすると、聖良は答えを絞り出す。
聖良「それ本当に遊んでたの?偶然会っただけとかじゃなくて?」
すみれ「んー、や、うーん……詳しくは聞いてないんだけど……」
聖良「じゃあ浮気って決めつけるのは、早いんじゃない?」
すみれ「でも……」
聖良は、シュン、と肩を落としたすみれの背中を優しく撫でる。
聖良「……だけど、嫌だよね。彼氏が他の女と一緒にいるなんて。すごくわかるよ」
(……なにが「わかるよ」だよ。私のバカ。)
(本当は何もわかっていないくせに。知ったかぶりをして、寄り添う恰好だけして。自分のこういうところが……本当に嫌いだ)
すみれ「……そうなの!だって休みの日だよ!?しかもなんか、楽しそうに見えてさぁ……」
聖良「とりあえず、その気持ちを伝えよ?他の女の子と2人で会うのは嫌だなって」
すみれ「うん」
聖良「なんかあったのならすぐ教えてほしいなって。真っ先に疑うと嫌な空気になるからね~」
聖良は目を潤ませるすみれの頭にぽんっと手を乗せる。
すみれ「せいらぁ~~」
聖良「おわっ」
すみれに勢いよく抱き着かれた聖良は、椅子に座ったままよろめく。
顔を上げたすみれはキラキラした目で聖良を見つめる。
すみれ「いつもありがと……恋愛マスター!」
聖良「っ!」
すみれの言葉に、聖良はビクッと反応する。
聖良「はは、は……」(そのあだ名はだけは、勘弁してよ……)
聖良の頬が引きつる。
聖良(……疲れる。自分を偽るのって)
晴れた表情で去って行くすみれの背中を見て、大きくため息を吐く聖良。
聖良(こうやって相談されることはしょっちゅうで、とくにすみれは私を頼ってくれている。)
(期待を裏切りたくなくて、いつも頑張って応えているわけだけど。
(恋愛経験がないに等しい私が”恋愛マスター”は……ちょっと、荷が重すぎる)
聖良は机にうなだれる。
聖良(知らないなら知らないって、わからないならわからないって言えばいいのに。
がっかりさせたくなくて、気が付けば周りのイメージに合わせて……大人っぽいキャラを演じるようになっていた)
(大人っぽく見せるために化粧とか髪型にも気を使って。……本当の私って、どこにいるんだろ)
聖良は再び大きなため息を吐く。
同時に由仁の声が聞こえる。
由仁「よっ恋愛マスター♪」
聖良の前の席に座る由仁。
由仁は歯を見せていたずらっ子のような笑顔を浮かべる。
聖良「……由仁!」
由仁「いぇい!」
【笹村由仁。中学からの親友】
由仁は椅子を反転させ、聖良と向かい合って座る。
聖良の机にお弁当を広げながら鼻歌を奏でる由仁。
由仁「~♪」
聖良(ミルキーブロンドのボブヘア。大きくて存在感のある瞳。……ほんと聖良って、可愛い。)
(小さくて華奢で可愛らしい由仁は、私とはまるで真逆。年下に間違われることもよくあるらしい)
由仁「いただきまーす!」
手を合わせると、お弁当を食べ始める由仁。
じーっと見る聖良の視線を感じ、手を止める。
由仁「……聖良は~、嫌なんだ?彼氏が休みの日に、ほかの女といると?」
由仁は白々しくコテンと首を傾げる。
聖良「!?」(もしかして由仁、さっきのすみれとの会話、聞いてた……!?)
聖良の顔はカァッと赤くなる。
聖良「由仁ぃ!!!」
由仁「あはっ」
聖良(由仁は唯一”恋愛マスター”と呼ばれる私の本性を知ってる。だから……知ったかぶりをして恋愛相談に乗っているのを聞かれると、すんっごい恥ずかしいんだよね……!)
恥ずかしさを誤魔化すようにお弁当を食べる聖良。
聖良(ちなみに由仁はこんなに可愛らしい顔をしているけれど……人一倍、恋愛経験が豊富だ。人というものは、本当に見かけによらないって思う)
もぐもぐと咀嚼する由仁の口元には米粒が付いている。
由仁「……恋愛マスターさんさぁ」
聖良「その名前で呼ばないでっ」
由仁「そろそろ相談乗ってるだけじゃなくて……自分も恋愛したら?」
ビクッと聖良の肩が反応する。
由仁「もう何年も聖良のそういう話聞いてないんだけど。……彼氏、ほしいんでしょ?」
聖良「ほしい……けど」
由仁「けど、なに?」
言葉を詰まらせる聖良。
聖良(誰でもいいから付き合いたいわけじゃなくて……)
「な、なんでもないっ」
聖良は再び誤魔化すように箸を動かす。
由仁「……」
由仁はじとーっとした目付きで聖良を見る。
由仁「……まぁとりあえず、倫太郎のところ行こっ」
立ち上がる由仁。
由仁の言葉に、聖良はドキッと胸を鳴らす。
聖良「う、うん!そうだね!」
聖良はお弁当を片付けた巾着袋をぎゅうっと握る。
聖良(私が付き合いたいのは──)
〇場面転換:学校・隣の教室(昼休み)
由仁「りーんたろっ」
隣の教室に着くと、由仁は後ろの扉から1番近い席の倫太郎にガバッと抱き着く。
満面の笑みで振り向く倫太郎。
倫太郎「ゆに♡うぃす~」
【小松倫太郎。聖良の彼氏】
聖良(いつもラブラブだな~)
(中学時代、由仁はコロコロと彼氏を変えていたんだけど……高校1年生の冬。倫太郎くんと付き合ってからはずっと続いてるんだよね)
由仁と倫太郎はイチャイチャしている。
聖良(今では2人は、校内でも有名なバカップルだ)
幸せそうな由仁と倫太郎を後ろから眺める聖良。
聖良(お弁当を食べたあと、倫太郎くんのクラスで一緒にお菓子食べるのが私たちの日課になっている)
由仁「今日はねー、りんちゃんの好きなポップコーン買ってきたよ!」
倫太郎「まーじ!さすがゆちゃんっ」
由仁「えへへ」
由仁は得意げに持っているコンビニの袋を持ち上げる。
聖良(この時間は私にとって、ちょっと楽しみな時間でもある)
(だって、この教室には──)
聖良は窓際に目線を映す。
そこには端の席で1人、ワイヤレスのイヤホンを耳に装着してスマホをいじる仁科がいる。
聖良の胸はドキッと音を立てる。
由仁「聖良?」
由仁の声は、聖良の耳には届かない。
【仁科湊人。隣のクラスの男の子】
聖良(今日もかっこいい……)
聖良は仁科にうっとりと見惚れる。
聖良(私は倫太郎くんのクラスに来ると必ず仁科くんを見て、胸を踊らせている)
由仁「せーいらっ?」
ポップコーンとポッキーを机の上に広げて準備を終えた由仁。
由仁の声は、相変わらず聖良の耳には届かない。
聖良(私は、仁科くんが好き。付き合うなら──仁科くんがいい。)
仁科はイヤホンの角度を調整する。
その仕草に再び聖良の胸はドキッと音を立てる。
聖良(指、綺麗……)
(恋愛マスターと呼ばれる私が、こんな風にこっそりと気になる男の子を見て、それだけで満足しているなんて。みんなが知ったら、びっくりすると思う。)
(なんなら今まで相談してくれた子たちは、ショックを受けるんじゃないかな。)
由仁「聖良!はやく食べようよ!!」
由仁にぐいっと手を引かれ、聖良はようやく我に返る。
聖良「ご、ごめん!ありがと準備してくれて」
倫太郎「まーた聖良ちゃん、ボーっとしてる~」
ケラケラと笑う倫太郎くん、口をぷーっと膨らませる聖良。
聖良は謝りながら、2人に向き合うように座った。
聖良(仁科くんのこと、好きになったのは1年ほど前。少人数クラスで同じになって、席が近くになった時──王子様みたいな横顔に、一目惚れしたんだ。)
(それからは、無意識に目で追うようになっていた。)
〇回想:学校
自席で読書をする仁科。
聖良(昼休みはいつも1人で読書をしたり)
イヤホンを耳に付ける仁科。
聖良(音楽を聴いて過ごす仁科くん。)
(人と群れずに好きなことを貫く、周りに流されないところとか)
頬杖を突いて授業を受ける仁科。
先生に当てられ、完璧に回答する。
聖良(授業中は眠そうにしているけれど、先生の話しをちゃんと聞いてるところとか)
体育で中距離走を歩き、先生に怒られる仁科。
聖良(体育は好きじゃないのか、よくサボって先生に怒られるけど、うまくかわしちゃうところとか)
(ミステリアスで、気だるげな雰囲気に、すごく惹かれるんだぁ……)
〇回想終了:学校・隣の教室(昼休み)
由仁「で、聖良はなんのお菓子持ってきたの?」
由仁の声にハッとする聖良。
聖良(あぶな、また仁科くんのこと見ちゃってた……)
聖良は慌てて手元の袋を漁る。
中から得意げに煎餅を取り出す。
聖良「醤油せんべいです」
由仁「またぁ!?いつもじゃん、好きすぎじゃん!」
倫太郎「杏珠ちゃん煎餅枠って認識してるよ、俺(笑)」
聖良「だって美味しいじゃん!」
からかう由仁と倫太郎から守るように煎餅を抱きかかえる聖良。
そんな聖良を由仁はじーっと見る。
由仁「……」
聖良「……?」
突き刺さる視線に、聖良は戸惑う。
聖良(な、なんだろう……。毎日煎餅は嫌だって、怒ってる?だけど煎餅が1番好きなんだもん……)
由仁「……聖良さぁ」
聖良「な、なに?」
由仁「好きな人いないって言ってたよね?」
聖良「へ!?い、いないけど」
聖良はビクッと肩を反応させる。
聖良(由仁とは中学からの仲だから、これまでの恋愛事情は全部知られているけど……
仁科くんのことは話してないんだよね)
聖良は誤魔化すように、煎餅の袋を開ける。
聖良(……だって話したら絶対、連絡先聞けとかデート誘えとかって言われるもん!
そんなの……恥ずかしくてできないし!)
(それにアピールしたら絶対バレるもん。本当は大人なんかじゃない、お子さまなんだって。
そしたらきっと……見かけ倒しだって、幻滅されちゃう)
由仁「……じゃあさ」
両手で頬杖をつく聖良。
由仁「紹介したい人いるんだけど」
聖良は一瞬固まったかと思うと、間抜けな表情を浮かべる。
聖良「…………へ?」
(由仁、なにを言い出すの……?そういうの、私には無理って1番わかってるはずなのに)「紹介なんて無理だよ……!」
困ったように眉を下げる聖良。
由仁は聖良に構うことなくスマホを触る。
由仁「そんなんばっか言ってるから、いつまでも”偽”恋愛マスターなんじゃん。演じるの、しんどいんでしょ?」
聖良「でも……っ」
(……由仁の言う通りだ。行動を起こさない限り、状況はなにも変わらない。)
(信頼してくれる人に対して嘘ついて……そんなことばかり繰り返してる私には、しんどいって言う資格すらない)
俯く聖良。スマホをいじりながら、ポップコーンを口に放り込む由仁。
聖良(だけどどうせ行動を起こすなら──)
聖良は仁科の顔を思い浮かべる。
聖良「やっぱり私、紹介とかは……」
由仁「だーめ!もう連絡しちゃったもん。遊ぶのOK出たよって」
聖良「えっ!?」
由仁はニヤリと悪い笑みを浮かべ、スマホを口に当てる。
由仁「今日の放課後、私と買い物行く予定だったでしょ。その時間で、山下くんと会ってきな」
聖良「そ、そんな……!」
(今日なんだ!?相手は山下くんって名前なんだ!?)
倫太郎「おー、山下めっちゃいい奴じゃん。さすが由仁♪」
由仁「でしょでしょ!前からずーっと聖良のこと紹介してって頼まれてて、ずーっと断ってたけど……そろそろ、ね?」
笑顔で圧をかける由仁に、聖良は口を噤む。
由仁「ね?」
聖良(ダメだ、由仁の目、笑ってない……!)
「わ、わかったよ……」
由仁が笑顔で詰め寄ると、聖良はこくりと頷いた。
聖良「一体……どんな方なのでしょうか……」
由仁「A組の、山下治くん♪」
倫太郎「俺と同じバスケ部だよ♪」
肩を落とす聖良に反し、由仁と倫太郎はとびっきりの笑顔を浮かべる。
聖良「……わかったよ」
由仁「がんばれ聖良♪」
仲良くガッツポーズをする聖良と倫太郎に向かって、由仁は大きなため息を吐く。
聖良(会うだけ。それだけだし、なんとかなるよね……)
聖良はちらりと仁科に目を向ける。
仁科は頬杖をついて読書をしている。
聖良(もしかすると、これを機に男の子に慣れて、仁科くんとの仲を縮められるかも。)
(……なんて、そんなこと考えるのは山下くんに失礼か)
聖良はひと口煎餅をかじる。
聖良(……おいし)
〇場面展開:コーヒーショップ(放課後)
聖良(一応、私にも元カレがいる。だけどそれはもう、4年ほど前のこと。)
(それに当時も、外でデートなんてしたことがない。だから……正直今、少し焦っている。)
山下「速石さん……今日は時間作ってくれてありがとう」
聖良「う、ううん、こちらこそ……」
コーヒーショップの列に並ぶ聖良と山下。
聖良(とりあえず下駄箱で待ち合わせて、駅の近くのスタパに来たけれど……)
(これからどうしたらいいの!?)
聖良が見上げると、ニコニコと嬉しそうな山下と目が合う。
聖良(なに喋ればいいの……。助けて、恋愛マスター(泣))
(……って、山下くんはきっと、私のことを恋愛マスターだと思ってるよね)
聖良はブンブンと首を振り、弱気な自分を払いのける。
聖良(ちゃんとしなきゃ……!)「山下くんは何頼むの?」
山下「うーん……悩むなぁ。速石さんは?」
聖良「私は……」
看板が聖良の目に留まる。
聖良(え、今月のスペシャル、ストロベリーミルクティーフラペチーノ!?すっっっごい美味しそうなんですけど!?)
(……でも、私には似合わないよね)
「私は、アイスコーヒーかな」
聖良が笑いかけると、山下も笑顔を見せる。
山下「あー、なんかイメージ通りかも」
聖良の胸はズキッと痛む。
聖良(……また今度、由仁とリベンジしよ)
〇場面展開:駅の近くの広場・ベンチ(放課後)
山下「それでその時、田中が──」
聖良「へぇ、それはすごいね」
ベンチに隣り合わせて座る聖良と山下。
楽しそうに話す山下に、聖良は笑顔で相槌を打つ。
聖良(「イメージ通り」、か。山下くんが私に抱くイメージはやっぱり、大人っぽいとか、そういうのなんだろうな。)
(自分がそう思われるように振舞ってるんだから当然だ。むしろ”ちゃんと演じれてたんだ”って、喜ぶべきだ。)
(だけど……)
聖良はぎゅっと両手でアイスコーヒーを握る。
聖良(やっぱり、本当の私を知ったらがっかりするんだろうな)
ストローに口を付ける聖良。
聖良(……にが)
(っていうか、本当の私ことをいいなって言ってくれる人なんているのかな。……仁科くんは、どうだろう。)
(私がストロベリーミルクティーフラペチーノを頼んだら、似合わないって思うのかな?)
山下「速石さん、コーヒーいつもブラックで飲むの?」
聖良「う、うん。カフェラテも好きだけど、コーヒーにはミルクとか入れないかな」
山下「大人だな~。かっこいいね」
山下は頬を染め、飲み物のストローをいじる。
山下「速石さん……さ。たまに倫太郎の彼女と練習見に来てるよね」
聖良「うん。バスケ、見るの楽しいよ」
山下の熱っぽい視線が聖良に向けられる。
聖良(なんか……山下くんの目の色、変わった)
山下「俺、速石さんが見てるとき、いつも気合入るんだよね」
聖良「あはは、なんか嬉しいな」
山下からの視線に戸惑うものの、笑顔を作る聖良。
山下「俺、速石さんのこと……いいなって思ってる」
聖良「え……」
山下「本気で」
ベンチの上にある聖良の手に、山下の手が重ねられる。
聖良「──っ」
噴火寸前と言わんばかりに真っ赤になる山下。
聖良は重なる手を、見て見ぬふりをする。
聖良(他に好きな人がいるからやめてって、言った方がいい?付き合っていなくても、手を重ねるくらい普通のことなの?)
(……わからないよ。私、恋愛マスターじゃないから)
ぎゅうっと手を包み込まれ、聖良は俯く。
聖良(だけど私は……触れるなら、好きな人がいい。)
(仁科くんがいい。)
聖良は顔を上げ、自分の気持ちを伝えようとする。
聖良「あのっ……」
聖良の視界に仁科の姿が映り、思わず口を止め、目を見開く。
聖良(えっ……!?仁科くん!?)
イヤホンをしている仁科が聖良と山下の座るベンチの方向へと歩いて来る。
聖良の心臓はドクンと跳ねる。
聖良(なんでここに……!)
思わず目を奪われる聖良だが、ハッとする。
聖良(……待って。今、手……)
ベンチの上では、聖良の手と山下の手が重なっている。
聖良(見られたら、誤解される……!)
聖良は焦るが、仁科は聖良と山下の存在に気付くことなく目の前を通り過ぎる。
山下「……あれ、今の仁科?」
聖良(……仁科くん、行っちゃった)
(1度もこっちを見なかった。だからきっと、私たちのことに気付いてないし、誤解もしてない。だけど──)
小さくなる仁科の背中を見て、決心する聖良。
聖良「……山下くん、ごめん」
山下「え?」
聖良は立ち上がると、仁科を追いかける。
聖良(今動かないと、一生変われない気がする……!)
〇場面展開:駅前の大通り(放課後)
聖良(たしかこっちに歩いて行ったはず……)
キョロキョロと周りを見渡す聖良。
聖良(あ、いた……!)
聖良は街路樹の間に仁科の姿を見つけ、駆け寄る。
聖良「あ、あの……!」
仁科の背中に向かって声を掛けるも聞こえない。
風が吹き、仁科の髪と街路樹が揺れる。
聖良は拳に力を込め、声を張る。
聖良「仁科くん……っ」
ピタリと仁科が足を止め、振り返る。
露になった仁科の顔に、聖良の胸はドキッと音を立てる。
聖良(正面からの仁科くん、やばい……。
っていうか、ついつい追いかけて呼び止めたけど……何話せばいいの!?)
仁科「……速石さん?」
仁科は不思議そうな表情を浮かべると、イヤホンを外す。
仁科「どうしたの?」
仁科は聖良の方へと近づく。
聖良の心臓はドキドキと暴れる。
聖良(どうしようどうしようどうしよう……!
とにかく、念のため、さっき山下くんといたところ見てないか確認して……)
視線を泳がせながら、乱れた前髪を整える聖良。
仁科「……なんかあった?」
目を合わせようとしない聖良の顔を覗き込む仁科。
聖良はぎゅっとスカートの裾を掴む。
聖良「え、えっと、」
聖良が口を開くとほぼ同時に、ピカッ!と辺り一面が眩い光に包まれる。
その直後、ドーン!!!!!と大きな雷の音が響き渡る。
聖良「へっ!?」
仁科「……わー」
目を見開く聖良。苦笑いを浮かべる仁科。
徐々に小さな雨粒が降り始めたかと思うと、息つく間もなく豪雨へと変わる。
聖良と仁科は全身びしょ濡れになる。
< 1 / 5 >