仁科くんの思い通りになんてなるもんかっ
3
〇聖良の自宅・聖良の部屋(朝)
窓から小鳥のさえずりが聞こえる。
ベッドで聖良は目を覚ます。
聖良(……ほとんど眠れなかった)
身体を起こす聖良。
聖良(だってまさか、仁科くんとあんなことになるなんて──)
聖良は昨日の出来事を思い出す。
仁科『……誘ってるの?』
聖良の耳はカァと赤くなる。
仁科『恋愛マスターって、意外と慎重なんだ』
聖良(……ダメダメ、騙されちゃ。こうやってすぐ赤くなってたら、またからかわれちゃう)
聖良は記憶を払いのけるように、首をブンブンと横に振る。
聖良(仁科くんが、あんな風に意地悪言う人だって知らなかった。……やっぱり人は見かけで判断するもんじゃないな)
制服姿になった聖良は、洗面所で化粧動画を広げる。
聖良(なんて思いつつも、今日も私は”大人っぽい速石さん”になるために、メイクするんだけどね)
〇場面展開:聖良の自宅・リビング(朝)
身支度を終えた聖良がリビングの扉を開くと、小鳥と蝶子の声が飛んでくる。
小鳥「おは」
蝶子「おっはぁ~」
パーカー姿でソファに寝転がる【次女・小鳥】。
ダイニングチェアに座りコーヒーを飲む【長女・蝶子】。
聖良「おはよ」
聖良はキッチンへ向かい、グラノーラとヨーグルトを器に盛りつける。
カウンター越しに、小鳥と蝶子の様子が見える。
聖良(大学生の小鳥ねぇがダラダラしてるのはいつものことだけど……蝶子ねぇが家にいるなんて珍しい。
さては、また彼氏と喧嘩したな)
盛りつけが終わった器を持ってダイニングテーブルに置く聖良。
聖良「いただきます」
聖良はグラノーラを頬張りながら、蝶子に目をやる。
蝶子は伸びてきたネイルを気にしている。
聖良(そもそも私が恋愛経験豊富だと誤解されてるのは、この人たちのせいでもある。)
(蝶子ねぇは見た目通り、学生時代はなかなかのギャルで相当な肉食女子だった。男を切らしたことのない、社会人一年目だ。)
聖良は目線を小鳥に移す。
聖良(そして──もっと厄介なのが小鳥ねぇ。)
(常にだるだるのパーカーを着ていて、やる気皆無、女子力皆無のゲーマーにもかかわらず男友達が多く、なぜか異様なほどモテる。)
(今でこそ落ち着いてはいるけれど、中学・高校時代は蝶子ねぇの影響でかなりのギャルだった。)
小鳥「あー惜っし」
スマホでゲームをする小鳥。現在はギャルの面影はない。
聖良(この2人が無駄にイケイケで目立つ存在だったのも、私が”恋愛マスター”って呼ばれる要因になったんだよね)
聖良は大きなため息を吐く。
聖良(そういや私が唯一付き合った人も……おねぇたちの影響だったな。……なつかし)
聖良は一瞬だけ、中学時代の自分を思い出す。
聖良「ごちそうさまでし──」
小鳥「そういやさ」
手を合わせた聖良の声を小鳥が遮る。
小鳥はひょっこりソファから顔を出す。
小鳥「聖良、昨日びしょ濡れの制服持って、男の服着て帰って来たけど。なに?どういうプレイ?」
蝶子「ブフーッ!なにそれ!あんた、やるじゃんっ」
にやりと悪い笑みを浮かべる小鳥。ケラケラ笑う蝶子。
聖良は思わず立ち上がる。
聖良「こ、小鳥ねぇ、見てたの!?」
小鳥「そりゃあ大抵家にいるからなー」
聖良(こっそり帰ってバレないように洗濯したはずなのに……!)
頭を抱える聖良。
聖良(おねぇたちは恋バナが大好物だ。普段そういう話をしない私のことになると、めちゃくちゃ食いついてくるから……絶対バレたくなかったのに!)
聖良は鞄を手に取る。
聖良「……っ学校行ってくる!」
そのままの勢いで、聖良は部屋を後にする。
小鳥「あー、帰ってきたら聞くからねー」
蝶子「待ってま~」
〇場面展開:学校・下駄箱(朝)
聖良(朝なのにもうすでに疲れた……)
聖良は上履きに履き替えながらため息を吐く。
聖良(学校では平和に過ごせますように……ん?この香り、まさか)
覚えのある香りに、聖良の鼻はピクッと反応する。
仁科「……あ、速石さん」
聖良は声の方へ恐る恐る振り返ると、仁科の姿が目に入り思わず顔を逸らす。
聖良(今1番会いたくない人……!)
考えとは裏腹に、聖良の心臓はドキドキと音を立てる。
聖良(どうしよう。どんな顔をしたらいいんだろう)
周りは登校してきた生徒で賑わっている。
聖良(こんなところでもじもじしてたら……恋愛マスターとして、不自然だよね)
ぎこちない笑顔を浮かべる聖良。
聖良「に、仁科くん。おはよ」(挨拶したら、さっさと教室行こ)
仁科「はよ」
聖良「じゃあ……」
去ろうとした聖良に、仁科はすかさず声を掛ける。
仁科「速石さんさ、昨日──」
聖良(昨日!?)
聖良はピタッと足を止める。
聖良(この人、こんなに人がいるところで。何言うつもり!?)
サーと顔を青くする聖良。
聖良(昨日の下着が〜とか言われたら、たまったもんじゃない!)
聖良は作り笑顔を浮かべる。
聖良「ちょっと、こっち来て?」
聖良はキョトンとした表情の仁科の手首を掴む。
〇場面展開:学校・非常階段(朝)
踊り場で足を止めると、すぐさまキッと仁科を睨みつける聖良。
聖良「さっき……なんて言おうとしたの?」
仁科「昨日、雨に濡れたから体調大丈夫かなって聞こうと思ったんだけど」
軽く笑みを零す仁科。
聖良(仁科くんって、なんでいつも余裕な感じなの!?)
聖良は疑るような目で仁科を見る。
聖良「……本当にそれだけ?」
仁科「うん」
聖良(たしかに昨日のことを周りに話したって、仁科くんには何のメリットもない。
だけど……仁科くんって、意地悪だし)
ぐぬぬ……と口をへの字に曲げる聖良。
仁科「それでさ、ずっと繋いどく?」
仁科の目線が下に向く。
聖良の手は、仁科の手首を掴んだままになっている。
聖良「なっ……!」
咄嗟に手を離す聖良。みるみる顔が赤くなる。
聖良(ここまで連れてくるのに必死すぎた……!)
仁科はふっと笑う。
仁科「……そういえば」
聖良「な、なに」
仁科「昨日の一緒にいた、山下だっけ。付き合ってるの?」
聖良(すっかり忘れてた……!)
仁科の言葉に聖良は思い出す。
聖良(昨日山下くんとスタパ飲んでて。仁科くんが通ったから、もし見られてて誤解されたら嫌だって……仁科くんのこと、追いかけたんだ)
「……付き合ってないよ」
(昨日までは、誤解されたくないって走り出しちゃうくらい、仁科くんのことが好きだったんだ。だけど──意地悪だし)
聖良の頭には仁科の半裸姿が思い浮かぶ。
聖良(なんか、過激だし!)
(もう……好きじゃないっ)
頭の中の仁科を掻き消すように首を振る聖良。
顔を赤くした聖良に、仁科は少しムッとする。
仁科「……ふーん」
聖良(……自分が聞いてきたくせに、何その反応)
聖良「速石さんってさ、」
聖良「……なに?」
仁科「どっちなの?男慣れしてんのか、ウブなのか」
仁科は少し腰をかがめ、聖良の顔を覗き込む。
聖良「~知らないっ」
仁科「自分のことなのに?」
聖良「うっ……」
仁科「そうやってすぐ赤くなるけど……」
顔が真っ赤な聖良。悪い顔をする仁科。
仁科は目線を下げると、聖良の胸元を見る。
仁科「なんかすごいの、付けてたし」
聖良(すごいのってまさか、下着のこと!?)「~~~っ」
仁科「あ、また真っ赤になった」
聖良(やっぱりこの人、私のことからかってる……!)
聖良は堪忍したように口を開く。
聖良「……男慣れなんかしてない」
仁科「……やっぱり」
少し得意げな仁科。聖良は弱々しい声で続ける。
聖良「気付いてるだろうけど……私、本当は恋愛経験なんてほとんどない」
(まさかこのこと、仁科くんに話すことになるなんて)
「……このことは、秘密にしておいてほしい」
(だけどもう、絶対バレてるし。仁科くんには敵わなさそうだし。)
聖良はぎゅっとスカートの裾を握る。
聖良「恋愛マスターとか呼ばれてるくせに……笑えるよね」
(仁科くんがからかって、人に言いふらす前に口止めするのが……得策だ)
あはは、と作り笑顔を浮かべる聖良。
仁科は表情を変えることなく話を聞いている。
仁科「……なんで隠したいの?」
聖良「へ?」
仁科「そんなに大人っぽく見られたい?」
仁科くんは不思議そうな顔を浮かべる。
聖良「見られたいって言うわけじゃないけど……これまで相談乗ってたのが適当だったんだって、がっかりさせたくないし……」
(……なんか、言い訳してるみたい。)
(がっかりさせたくないっていうのももちろん本音だけど……きっと、恋愛マスターじゃないってバレたくないのは、怖いからだ。)
(嘘つきって思われるのが怖い。嫌われるのが、怖い。)
「……恋愛マスターの皮を被っていないと、私には何もないから」
(本当の私には、何の取り得もない。)
(小鳥ねぇみたいに色気もないし、蝶子ねぇみたいにかっこよくない。)
(それに聖良みたいな素直さも、可愛さもない。
ただの見栄っ張りなお子さまだ。)
仁科「……むずかし」
聖良「……え?」
仁科「俺は澄ましてる速石さんより、すぐ真っ赤になる速石さんの方がいいと思うけど」
仁科は聖良の頭に、ぽんと優しく手を乗せる。
聖良「それってどういう……」
仁科「おもしろくて」
聖良「なっ」(やっぱりこの人、からかってばっかり……!)
眉を吊り上げる聖良。
仁科が優しい表情をし、聖良は口をつぐむ。
聖良(好きな人には自分を良く見せたいものだ。
だから私は、仁科くんには1番嘘ついてるって知られたら困るはずなのに。)
(なんか、話せてよかったなって思ってる。)
(……あ、そっか。私もう、仁科くんのこと好きじゃないから、か。)
聖良はちらりと仁科を見上げると、その端正な顔にドキリと心臓を鳴らす。
聖良(くそー……やっぱり、かっこいい……)
見つめ合う2人。
(……あ、そういえば)
ふと聖良は思い出す。
聖良「パーカー!ごめんね、すぐ返すから」
仁科「あー、いつでもいいよ。学校に持ってくるの嫌なら、家でもいいよ」
聖良「わ、わかった」(家って!……いやでも学校に持ってくるのも意外とハードル高いか……)
聖良が思案していると、仁科が口を開く。
仁科「もし家来るんだったら……」
仁科はズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。
画面を操作すると、聖良に向かってQRコードを差し出す。
仁科「来る前、連絡して」
聖良「っ」(これって……仁科くんの連絡先ってことだよね?)
笑顔で差し出される画面に、聖良はゴクリと唾を飲む。
聖良は自分に拒否権がないことを察すると、大人しく自分のスマホを取り出し操作する。
聖良(……うすうす思っていたけど。仁科くんが本物の恋愛マスターなんじゃない?)
(ナチュラルに触れてくることあるし、今だって流れるように連絡先交換してしまったし)
仁科「じゃ、行こっか」
聖良「……うん」
仁科の連絡先が登録された自分のスマホをぎゅっと握りしめる聖良。
ドキドキと鼓動が響く。
聖良(明らかに女慣れしてるよね。……そりゃそうか。仁科くん、モテるし)
教室へと向かう仁科の後ろをついて歩く聖良。
背が高く髪に艶のある仁科は、後ろ姿もキラキラしている。
聖良(しかも一人暮らしなんかしちゃったりして。女の子連れ込み放題じゃん)
聖良の心臓はズキッと音を立てる。
聖良(……ん?なに今の……)
胸に違和感を感じる聖良。
聖良(風邪かな?それとも度重なるハプニングによるストレス……?
……今日ははやく寝よう)