仁科くんの思い通りになんてなるもんかっ


〇学校・隣の教室(6限終わり・休み時間)

聖良「仁科くん……っ」

仁科に見下ろされ、聖良の心臓はドキッと音を立てる。

聖良(私たちの会話、聞いてたの……?)

無表情の仁科に、聖良はたじろぐ。

聖良(もしかして、私たちの関係のこと「想像に任せるよー」なんて変な濁し方したから怒ってる……?)
仁科「想像したけど、わかんない」

じーっと目を見てくる仁科。聖良は思わず目を逸らす。

聖良「えっと……」(……言われてみれば、私もわかんないかも。私と仁科くんの関係って……なに?)
(友達ではない気がするし、もう他人とも違う気がする)

黙り込む聖良。

仁科「……ねぇ」

仁科の声に聖良は顔を上げると──ちゅっと軽い口付けをされる。

聖良「……」

聖良も、クラス中も、時が止まったかのように固まる。

聖良(えーっと……)

聖良はゆっくりと自分の唇を指で触る。

聖良(今私、キスされた……?)

一足先に時が動き出した周りは、キャー!と興奮した叫び声やピューとノリノリの口笛などでお祭り騒ぎになる。
ギャル系女子2人は顔を真っ赤にしながらハイタッチをしている。

ギャル系女子A「あざす!!!」
ギャル系女子B「ゴチです!!!」

ポカンと立ち尽くしたままの聖良に、仁科は意地悪な笑みを見せる。

仁科「こういうことする関係で、あってる?」

ようやく理解が追い付いた聖良は、深呼吸をする。

聖良「どうだっけな?」

平然としたふりをする聖良。
聖良と仁科はニコニコとわざとらしい笑顔で見つめ合う。

聖良「ちょっとあっちで話そう?」
仁科「わかった」
聖良(本当はすぐにでも「どういうつもりだー!」って詰め寄りたいけれど。……冷静に、冷静に!)

聖良は仁科の腕を掴む。



〇場面展開:学校・空き教室(6限終わり・休み時間)

仁科を引っ張って、人気のない教室で足を止める聖良。
聖良は仁科を拘束していた手を離す。

仁科「速石さん、連行すんの好きだね」

悪びれる様子のない仁科を、聖良はキッと睨みつける。

聖良「なんであんなことしたの……!」
(どうせまた私のことからかったんだろうけど。さすがにキスなんて、やりすぎだよ……!)

キスを思い出し、顔を赤くする聖良。唇を手で覆う。

聖良(からかわれただけ。わかってるのに……なんでドキドキするの…………)
仁科「キスしたらどんな反応するかなって」
聖良(やっぱり──)
仁科「あと速石さん、俺たちの関係のこと”想像に任せる”って言ったでしょ?それって、誤解されてもいいっていう意味に聞こえたから」
聖良「うっ」(それは否定できない、かも……)

聖良は痛いところを突かれ、だんまりする。

仁科「付き合ってるって思われてもいいのかーって思ったら、つい」
聖良「ついって……!」

鋭い目を向ける聖良。満足げな表情の仁科。

聖良(また余裕な顔して……なんか怒る気、なくなる)

聖良は赤くなった顔をふいっと逸らす。

聖良(……私だけドキドキしてバカみたい)
仁科「……速石さん、真っ赤」
聖良「赤くない!」
仁科「かわい」
聖良「~っ」

聖良の顔を覗き込む仁科。耳まで赤くなる聖良。

聖良(からかってるだけ。わかってる)
(仁科くんの思い通りになんてなりたくない。なのに──身体は言うことを聞いてくれない)

聖良は恥ずかしさにぎゅっと目を閉じる。

聖良(あぁ……”大人っぽい速石さん”はどこへ行ったのやら……)
(仁科くんの前ではいつもうまくいかない。なんでなの……)

机に腰掛ける仁科。

仁科「……俺、速石さんのこと好きなのかな」
聖良「…………え」

聖良はぱちりと大きく目を開く。
いつも通り余裕に満ちた表情の仁科に、聖良は冷静に考える。
 
聖良(……騙されないぞ。っていうか、好きなの”かな”ってなに。ふざけすぎ!)
「からかわないで」
仁科「からかってないよ」
聖良「適当なこと言わないで」
仁科「適当じゃない」

仁科のまっすぐな目に、聖良の心臓はドクンっと大きく音を立てる。

聖良(なんで……そんな目をするの?からかってるだけのくせに。)
(なんで……こんなにドキドキするの。もう仁科くんなんか、好きじゃないのに。)
(静まってよ……)

ドキドキと速くなる聖良の心臓。

聖良「そんな、断言もできないような”好き”は、本当の”好き”じゃない……!」
仁科「……でも俺、速石さんが俺の言葉とか行動で赤くなるの、すごい嬉しいんだけど」
聖良「っ」

仁科はいたずらっ子のような表情で、聖良の手首を引く。

仁科「速石さんは、俺のことどう思ってる?」
聖良「ど、うって……」
(前までは好きだったけど……今は、)

聖良は自分を見上げる仁科にドキッとする。

聖良「~っ」(好きじゃないって、言えばいいのに)

思うように動かない聖良の口。
掴まれている手首が熱を帯び、耐えきれなくなった聖良は振り払う。

聖良「……仁科くんのバカっ」

聖良は言い捨てると、その場を走り去る。
仁科はふっと笑う。

仁科「……かわい」



〇回想

仁科<速石さんは昼休み、いつも俺の教室にやってくる。
去年も俺と倫太郎は同じクラスで、その時から倫太郎の彼女と一緒にほぼ毎日現れるその存在を、ずっと知っていた>

【1年前:高校二年生・ある日の昼休み 】

自席で読書をする仁科。仁科にチラチラと視線を送る聖良。

仁科<もちろん速石さんが俺のことをチラチラと見ているのも>

仁科と目が合い、顔を真っ赤にする聖良。勢いよく目を逸らす。

仁科<たまに目が合うと顔が赤くなるのも。全部、知っていた>
(ピュアそー)
<それが、最初の印象だった>

男子生徒A「速石さんって、大人っぽいよな」
男子生徒B「な!美人で目の保養~」

男子生徒2人の会話が、読書中の仁科の耳に留まる。

仁科(たしかに外見は大人っぽいけど……
俺的には”美人”っていうより、”かわいい”って感じ)

仁科は本のページを捲る。

男子生徒A「俺、速石さんみたいに経験豊富な人と付き合いてぇ」
男子生徒B「わかる。手取り足取り教えてほしいわー」
仁科(経験豊富……?)

ピタリと仁科の手が止まる。

仁科(あの速石さんが?……めっちゃ奥手っぽいけど。)

顔を真っ赤にする聖良を思い浮かべる仁科。

仁科<それからほどなくして、速石さんが”恋愛マスター”って呼ばれていることを知った。>
(なんでそんなあだ名が付いたんだろう。俺の知らない理由でもあんのかな?)

お菓子を食べながら無邪気に笑う聖良を見る仁科。

仁科<速石さんのこと、とくに気にしていたつもりはないけれど>
<今思うと少し意識していたのかもしれない>

【1週間前 】

下校中、駅近くの広場で、聖良と山下がベンチに座っているところを目撃する仁科。

仁科(速石さん……と、山下?)

仁科の目に、聖良と山下の手が重なっているのが映る。

仁科(あー……別に奥手とかじゃないのか)
(もしかすると目が合ったとき頬を染めていたのは計算で、男を堕とす技だったとか?……それなら高度すぎだろ)

顔を赤くした聖良の顔を思い浮かべる仁科。

仁科(……なんかおもしろくないな)

仁科はしれっと聖良と山下の前を通過する。
駅前の大通り、街路樹が立ち並ぶ歩道を歩く仁科。

仁科(本当に速石さんのあの顔、演技なのかな)

ぼんやり歩いている仁科の背後から声がする。

聖良「仁科くん……っ」

仁科はピタリと足を止め振り返る。
そこには息を切らした聖良が立っている。

仁科「……速石さん?」
(顔真っ赤……やっぱりこれ、演技じゃないよな)

仁科の口元は少しだけ緩む。

仁科<──そのあとすぐ、ゲリラ豪雨に見舞われて。
どっかで雨宿りした方がいいな思ったから、家に上げた。
……だけど、それは失敗だったのかもしれない>

すっぴんであどけない表情の聖良がカーディガンのボタンを外す。

仁科(……これ、わざとじゃないよね?)

聖良の濡れたシャツに黒い下着が浮かび上がる。

仁科(……まじかー)
聖良「……わっ」

足を滑らせた聖良に押し倒される仁科。

仁科「…………いてー」
聖良「……っ」
仁科(……これはさすがに、やばいでしょ)
聖良「あ、の、ごめんなさ……」
仁科(…………勘弁して)「……誘ってるの?」
聖良「~っ!?!?」

仁科はなんとか冷静さを保ち、真っ赤になった聖良に笑いかける。

聖良「ちがう……!」

聖良は慌てて起き上がる。

仁科<そのまま部屋に連れてって、速石さんに触れることだってできたけど>
<俺はなんとか耐えた>

聖良がシャワーを浴びている間、ソファにもたれて座る仁科。

仁科「あー……」

仁科はソファに顔を仰向けに乗せて、頭を抱える。

〇回想終了



〇学校・空き教室(6限終わり・休み時間)

仁科(──あの後も、散々煽るようなことをされたけれど)

仁科は自分のパーカーを着た聖良、頬に触れてきた聖良を思い浮かべる。

仁科(その行動は計算されたものじゃない。速石さんの天然さが招いた挙動だ。
やっぱり速石さんは俺の思った通り──ピュアだ)

仁科はポケットからスマホを取り出す。
画面に聖良のチャットのアイコンを表示させる。

仁科(速石さん、これも大人っぽいって理由で選んだんだろうな)

淡い色の花束の画像がアップで映る。

仁科(そもそも大人ってなに。なんか空回ってんだよな)

ふっと笑いを零す仁科。

仁科(……そのままの方が可愛いのに)

仁科は、先日聖良が「……このことは、秘密にしておいてほしい」と神妙な面持ちで頼んできたことを思い出す。

仁科(本人はみんなの期待に応えるべく”恋愛マスター”でいたいらしいけど。)
(……まぁ本当の速石さんを知ってるのが俺だけっていうのも、悪くないか)

仁科はスマホをポケットに入れると、教室を後にする。
キスをして唇が離れた瞬間の聖良の驚いた顔を思い出す仁科。

仁科(さすがにあれは、やりすぎたな)

真っ赤な聖良が「なんであんなことしたの……!」と唇を手で覆う場面を思い出す仁科。

仁科(……いや、あんな顔を見せてくる速石さんが悪い)



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