ストーカー三昧・浪曲、小話、落語

講談1・お力(21)

…彼女一葉を信じこれを応援し続けたのです。彼女の死後、妹・邦子が保存して置いた一葉の原稿を譲り受けこれを整理し、一葉全集として世に送り出したのは正しく彼でした。彼と一葉の妹・邦子が居なかったらば樋口一葉の著作が今のような形で我々の眼の前に現存していたかどうか、これは分かりません)。ですが、往時の一葉の感激が私の一葉恋慕の余りに時空を超えて私の心に伝播したのだと、そうお思いください。どうぞお願い致します。
 えー、とにかく、これで一葉は甦りました。魂の中の陰に覆い尽くされそうになっていたのを一気に、夜明け前の闇に曙光が差し広がるように、彼女の魂にある闇を、陰を一気に駆逐したのです。このとき彼女は自分を許し、同時に他の人々、友人や知人、市井の人々すべてを、自らの心の内に受け入れ、これを許したのです。同苦同悲の存在として、彼らのあるがままを暖かい心の内に受け入れ、これを抱擁したのです。この時にやっと、自らが造った「埋もれ木」のお蝶も、「にごりゑ」のお力の存在をも彼女は越え得たのでしょう…。
 えー、しかしですね、お客様の中には「いやお前、それは違うだろう。お前の云うその…売春や窃盗が仮に事実だったとしたら、許すのは世間の方であって一葉じゃないだろう」と、そう思われる方もあるいは居られるやも知れません。えー、そうですねえ…そりゃまあそうです。その通りです。常識的に考えれば確かにそうなるかも知れません。事実他ならぬ一葉自身が未完に終わった最後の小説「わかれ道」の中で主人公のお京にこう云わせています。「あら吉っちゃん、私はお前のことを本当の弟のように思うているのだから、そんな愛想尽かしは止したがよかろう」と。そしてお京に傘屋の小僧・吉三を、うしろから抱きかかえさせているのです。因みにこの吉三はお京が金持ちの妾になるのを知ってこれを咎め、愛想尽かしに来ていたのでした。
< 23 / 32 >

この作品をシェア

pagetop