寵姫は正妃の庇護を求む
第11話 簒奪王
「! タイサイ、いたの!?」
私を怒鳴りつけたのは、濃紺の髪を持つ少年騎士。攻略キャラの1人であり、チヨミの義弟タイサイだった。
タイサイはチヨミから私を引きはがすと、アイスブルーの瞳で鋭く睨んだ。
「ヒナツに愛され過ぎてアタクシ困ってますぅ、って? それは姉さんへの当てつけか?」
「タイサイ、やめて!」
憎々しげに顔を歪ませる義弟の腕に触れ、チヨミは苦言を呈す。
「ソウビは前王のお姫様よ? それに王を呼び捨てなんて、不敬だわ。口の利き方に気を付けて」
「ふん、ヒナツは元々うちの使用人だ。それにこいつはそんなヒナツの情婦だろうが」
(なっ!)
「姉さんを苦しめるただの悪女だよ。優しくしてやる必要がどこにある!」
(くっ……)
返す言葉もない。確かに、ヒナツを大切に想ってるチヨミに、さっきの言葉は無神経だったと言わざるを得ない。けれど、こっちだって命がかかっているのだ。未だ軌道修正の兆しは見えない、傾国ルートまっしぐらだ。弱音くらい吐かせてほしい。それに、本来攻略キャラである彼の思わぬ冷たい態度に、ちょっとカチンときた。
ゲーム中はチヨミとして生きていたため、タイサイの素直じゃない言動はツンデレと称されるものだった。きつい物言いの中にも愛情がしっかり感じられる、それがタイサイだったわけだ。けれど今の私は悪役のソウビ。タイサイの冷たいセリフは、ツンデレではなくガチのもの。私にすれば、これまで自分を慕ってくれていたキャラがてのひらを返したようで、少々面白くなかった。
冷ややかなアイスブルーの瞳を睨み返し、私は口を開く。
「……レ野郎」
「は?」
「このシスコンツンデレ野郎!! うっせぇわ!! ちょーっとガネダン人気投票で一位取ったからって調子乗んなコラァ!!」
完全に鬱憤爆発の八つ当たりだ。私の突然の剣幕に、タイサイが目を丸くする。
「え? シス? ガネダ? 投票? 何?」
「ぬるま湯のような義弟の地位に甘んじてないで、とっととチヨミに告白でもなんでもしてしまえ!! バーカバーカ!」
「はぁああぁあああ!?」
告白と言うワードを耳にした途端、タイサイの頬が分かりやすく真っ赤に染まった。
「ちょ、お前!! 何言って、ワケわかんな、はぁああぁああ!?」
「告白?」
チヨミがタイサイの目をまっすぐに見据える。
「タイサイ、私に何か隠しごとをしているの? 良くないことじゃないでしょうね?」
「いや、ちがっ。おいソウビ、てめぇ!!」
「えぇ、実はコイツ、チヨミのこと」
「あーっ! あーっ! あーっ!!」
存外素直な少年は、耳まで真っ赤にして私に掴みかかってくる。
「てめぇ、ソウビ、ふざけんなよ! マジぶっ飛ばすぞ!!」
おぉ、ずいぶん強気に出るじゃないか。しかしあまりに分かりやすい反応に、つい面白くなってしまう。
「ぶっ飛ばされる前に、全部バラしちゃおうかな。チヨミの似顔絵こっそり描いて、それを枕の下に入れて寝てることとか」
「おまっ、なんっ、いつ……っ!! なんでそれ知ってんだぁああ!!」
『ガネダン』プレイヤーでタイサイルート攻略した人間なら、皆知っている。攻略に必須のイベントではないが、人気のエピソードだ。ゲーム発売からそれほど日は経っていないにもかかわらず、これをネタにした二次創作作品は多い。まだ彼のルートをプレイしていない私ですら、SNSで情報を得ている。いわゆる、受動喫煙と言うやつだ。
挙動不審な義弟を心配し、チヨミがタイサイの顔を覗き込む。
「タイサイ?」
「なんでもないから! 姉さんには関係ないから!! ちょっとあっち行ってろよ!」
「……っ」
タイサイの剣幕に、チヨミが胸を突かれた顔つきとなる。
「あ~あぁ、チヨミがしょんぼりしちゃった。可愛い弟が、自分に隠し事をするなんて、ショックだよね。チヨミ可哀相、タイサイのせいだ~」
「どう考えても、お前のせいだろうが!」
「これはもう、枕の下から愛情いっぱいの似顔絵引っ張り出して来て、チヨミに見せるしかないねっ♪ それで、大事だよって気持ち伝えよう?」
「てめぇ、マジ殺すぞ!!」
パニックのあまり語彙力を無くしているタイサイに、私は悪役らしい笑みを浮かべる。
「口の利き方に気をつけな、少年」
「くっ……!」
悔しそうに歯噛みするツンデレの姿に、多少は溜飲が下がった。
(はっはっは、こちとら中身はれっきとした社会人ぞ? 十代の少年なんて可愛いもんだわ)
とはいえ、ちょっとやりすぎた気もする。少年のみずみずしい初恋をいじって面白がるなんて、大人がしてはいけないことだ。大声出してすっきりしたことだし、少しフォローを入れておこう、そんなことを考えた時だった。
「こいつ、本当に王家の姫君かよ。品性のかけらもねぇただのならず者じゃねぇか」
……なるほど? まだ闘志は死んでないようだな?
「枕の下」
「だーっ!! しつけぇんだよっ!!」
しばらくこのネタで遊んでやろう、そう思った。
■□■
控えめなノックの音が、謁見室の澄んだ空気を震わせる。
「入れ」
ヒナツの言葉を受け、恭しく頭を下げ入室して来たのは大臣だった。しかつめらしい顔つきの中年男を前に、ヒナツは面倒くさそうに欠伸をした。
「王よ、少しよろしいですかな?」
「なんだ」
「ソウビ様のことにございます」
ヒナツの頬がピクリと引き攣る。
「ソウビがどうした。俺はあれを諦める気はないぞ」
ヒナツは王らしく、尊大に笑って見せる。
「王家とのつながりを示すに良い道具だと思っていたが、あの抵抗ぶり、反抗的なまなざし、面白くてたまらん」
そう、自分はソウビに振り回されてなどいない。冷たくあしらわれることすら楽しんでいる。そうやって度量の大きさをことさらに示そうとした。だが、大臣の眉間には深いしわが刻まれたままだった。
「『簒奪王』と呼ばれているとしても、ですか?」
「なに?」
「王よ、あなたのあだ名です。巷では『簒奪王』と呼ばれているとか」
ヒナツの顔から、笑みが消えた。
「簒奪!? 俺は前王を殺した奸臣を倒し、皆に望まれて王になったんだぞ? 前王から地位を奪ったわけではない!」
並の者なら思わず震え平身低頭する、ヒナツの傲岸不遜な怒号。しかし大臣は怯まず言葉を続けた。
「ソウビ様の態度が一因とか」
「ソウビの?」
「前王の娘であるソウビ様が、ヒナツ王を拒絶している。これはヒナツ王が王座にあることを、王の血筋が認めていない。つまりヒナツ王は正当な後継者ではなく、その地位を簒奪したも同然ではないかと」
「……」
ヒナツが玉座から立ち上がる。腰の剣を鞘から抜くと、それは光を跳ね返し鋭く光った。ヒナツの双眸に爛々とした憤怒の炎が宿る。悪鬼の表情で一歩、また一歩と階段を下りてくる王を前に、忠臣は気配を察し後ずさった。
「申し訳ございません! 出過ぎた真似をいたしました……!」
「下がれ」
普段の朗々とした声ではない。
「この剣が、お前の頭と胴を生き別れにする前に去れ」
ヒナツの声は地獄の底から響くような、昏く憎悪のこもったものだった。
「はっ、失礼いたします」
慌てふためきながら部屋を飛び出していく大臣の背に、殺意に近いものを宿したヒナツの視線が刺さる。やがて扉が閉まると、ヒナツは忌々し気に舌打ちした。
「『簒奪王』か……」
ヒュッと白刃が風を切る。
「盗賊の頭であれば気の利いた二つ名かもしれんが……、一国の王がこの名で呼ばれるのはまずいな」
怒りに震える王はこの時、気付いていなかった。細く開いた扉のすき間から、ラベンダー色の髪を持つ少女が覗いていたことに。
私を怒鳴りつけたのは、濃紺の髪を持つ少年騎士。攻略キャラの1人であり、チヨミの義弟タイサイだった。
タイサイはチヨミから私を引きはがすと、アイスブルーの瞳で鋭く睨んだ。
「ヒナツに愛され過ぎてアタクシ困ってますぅ、って? それは姉さんへの当てつけか?」
「タイサイ、やめて!」
憎々しげに顔を歪ませる義弟の腕に触れ、チヨミは苦言を呈す。
「ソウビは前王のお姫様よ? それに王を呼び捨てなんて、不敬だわ。口の利き方に気を付けて」
「ふん、ヒナツは元々うちの使用人だ。それにこいつはそんなヒナツの情婦だろうが」
(なっ!)
「姉さんを苦しめるただの悪女だよ。優しくしてやる必要がどこにある!」
(くっ……)
返す言葉もない。確かに、ヒナツを大切に想ってるチヨミに、さっきの言葉は無神経だったと言わざるを得ない。けれど、こっちだって命がかかっているのだ。未だ軌道修正の兆しは見えない、傾国ルートまっしぐらだ。弱音くらい吐かせてほしい。それに、本来攻略キャラである彼の思わぬ冷たい態度に、ちょっとカチンときた。
ゲーム中はチヨミとして生きていたため、タイサイの素直じゃない言動はツンデレと称されるものだった。きつい物言いの中にも愛情がしっかり感じられる、それがタイサイだったわけだ。けれど今の私は悪役のソウビ。タイサイの冷たいセリフは、ツンデレではなくガチのもの。私にすれば、これまで自分を慕ってくれていたキャラがてのひらを返したようで、少々面白くなかった。
冷ややかなアイスブルーの瞳を睨み返し、私は口を開く。
「……レ野郎」
「は?」
「このシスコンツンデレ野郎!! うっせぇわ!! ちょーっとガネダン人気投票で一位取ったからって調子乗んなコラァ!!」
完全に鬱憤爆発の八つ当たりだ。私の突然の剣幕に、タイサイが目を丸くする。
「え? シス? ガネダ? 投票? 何?」
「ぬるま湯のような義弟の地位に甘んじてないで、とっととチヨミに告白でもなんでもしてしまえ!! バーカバーカ!」
「はぁああぁあああ!?」
告白と言うワードを耳にした途端、タイサイの頬が分かりやすく真っ赤に染まった。
「ちょ、お前!! 何言って、ワケわかんな、はぁああぁああ!?」
「告白?」
チヨミがタイサイの目をまっすぐに見据える。
「タイサイ、私に何か隠しごとをしているの? 良くないことじゃないでしょうね?」
「いや、ちがっ。おいソウビ、てめぇ!!」
「えぇ、実はコイツ、チヨミのこと」
「あーっ! あーっ! あーっ!!」
存外素直な少年は、耳まで真っ赤にして私に掴みかかってくる。
「てめぇ、ソウビ、ふざけんなよ! マジぶっ飛ばすぞ!!」
おぉ、ずいぶん強気に出るじゃないか。しかしあまりに分かりやすい反応に、つい面白くなってしまう。
「ぶっ飛ばされる前に、全部バラしちゃおうかな。チヨミの似顔絵こっそり描いて、それを枕の下に入れて寝てることとか」
「おまっ、なんっ、いつ……っ!! なんでそれ知ってんだぁああ!!」
『ガネダン』プレイヤーでタイサイルート攻略した人間なら、皆知っている。攻略に必須のイベントではないが、人気のエピソードだ。ゲーム発売からそれほど日は経っていないにもかかわらず、これをネタにした二次創作作品は多い。まだ彼のルートをプレイしていない私ですら、SNSで情報を得ている。いわゆる、受動喫煙と言うやつだ。
挙動不審な義弟を心配し、チヨミがタイサイの顔を覗き込む。
「タイサイ?」
「なんでもないから! 姉さんには関係ないから!! ちょっとあっち行ってろよ!」
「……っ」
タイサイの剣幕に、チヨミが胸を突かれた顔つきとなる。
「あ~あぁ、チヨミがしょんぼりしちゃった。可愛い弟が、自分に隠し事をするなんて、ショックだよね。チヨミ可哀相、タイサイのせいだ~」
「どう考えても、お前のせいだろうが!」
「これはもう、枕の下から愛情いっぱいの似顔絵引っ張り出して来て、チヨミに見せるしかないねっ♪ それで、大事だよって気持ち伝えよう?」
「てめぇ、マジ殺すぞ!!」
パニックのあまり語彙力を無くしているタイサイに、私は悪役らしい笑みを浮かべる。
「口の利き方に気をつけな、少年」
「くっ……!」
悔しそうに歯噛みするツンデレの姿に、多少は溜飲が下がった。
(はっはっは、こちとら中身はれっきとした社会人ぞ? 十代の少年なんて可愛いもんだわ)
とはいえ、ちょっとやりすぎた気もする。少年のみずみずしい初恋をいじって面白がるなんて、大人がしてはいけないことだ。大声出してすっきりしたことだし、少しフォローを入れておこう、そんなことを考えた時だった。
「こいつ、本当に王家の姫君かよ。品性のかけらもねぇただのならず者じゃねぇか」
……なるほど? まだ闘志は死んでないようだな?
「枕の下」
「だーっ!! しつけぇんだよっ!!」
しばらくこのネタで遊んでやろう、そう思った。
■□■
控えめなノックの音が、謁見室の澄んだ空気を震わせる。
「入れ」
ヒナツの言葉を受け、恭しく頭を下げ入室して来たのは大臣だった。しかつめらしい顔つきの中年男を前に、ヒナツは面倒くさそうに欠伸をした。
「王よ、少しよろしいですかな?」
「なんだ」
「ソウビ様のことにございます」
ヒナツの頬がピクリと引き攣る。
「ソウビがどうした。俺はあれを諦める気はないぞ」
ヒナツは王らしく、尊大に笑って見せる。
「王家とのつながりを示すに良い道具だと思っていたが、あの抵抗ぶり、反抗的なまなざし、面白くてたまらん」
そう、自分はソウビに振り回されてなどいない。冷たくあしらわれることすら楽しんでいる。そうやって度量の大きさをことさらに示そうとした。だが、大臣の眉間には深いしわが刻まれたままだった。
「『簒奪王』と呼ばれているとしても、ですか?」
「なに?」
「王よ、あなたのあだ名です。巷では『簒奪王』と呼ばれているとか」
ヒナツの顔から、笑みが消えた。
「簒奪!? 俺は前王を殺した奸臣を倒し、皆に望まれて王になったんだぞ? 前王から地位を奪ったわけではない!」
並の者なら思わず震え平身低頭する、ヒナツの傲岸不遜な怒号。しかし大臣は怯まず言葉を続けた。
「ソウビ様の態度が一因とか」
「ソウビの?」
「前王の娘であるソウビ様が、ヒナツ王を拒絶している。これはヒナツ王が王座にあることを、王の血筋が認めていない。つまりヒナツ王は正当な後継者ではなく、その地位を簒奪したも同然ではないかと」
「……」
ヒナツが玉座から立ち上がる。腰の剣を鞘から抜くと、それは光を跳ね返し鋭く光った。ヒナツの双眸に爛々とした憤怒の炎が宿る。悪鬼の表情で一歩、また一歩と階段を下りてくる王を前に、忠臣は気配を察し後ずさった。
「申し訳ございません! 出過ぎた真似をいたしました……!」
「下がれ」
普段の朗々とした声ではない。
「この剣が、お前の頭と胴を生き別れにする前に去れ」
ヒナツの声は地獄の底から響くような、昏く憎悪のこもったものだった。
「はっ、失礼いたします」
慌てふためきながら部屋を飛び出していく大臣の背に、殺意に近いものを宿したヒナツの視線が刺さる。やがて扉が閉まると、ヒナツは忌々し気に舌打ちした。
「『簒奪王』か……」
ヒュッと白刃が風を切る。
「盗賊の頭であれば気の利いた二つ名かもしれんが……、一国の王がこの名で呼ばれるのはまずいな」
怒りに震える王はこの時、気付いていなかった。細く開いた扉のすき間から、ラベンダー色の髪を持つ少女が覗いていたことに。