寵姫は正妃の庇護を求む
第2話 『Garnet Dance』というゲーム
出社し、タイムカードを押しているところへ、同僚の朋美がやってきた。
「おっはよ、めぐり!」
「……おはよ、朋美」
「うわ! 何その顔色、ヤバぁ!」
タイムカードを押した朋美と並び、自分たちのフロアへと向かう。
「あ、わかった! 徹夜でゲームしたんでしょ。確か最近発売だったよね、めぐりの欲しがってた乙女ゲー」
階段を上がりながら、朋美はニヤニヤと笑う。
「オタクだねー」
今時ゲームをする人間なんて珍しくない。朋美は「ゲームで徹夜」という行為に対して「オタク」と言っていた。まぁ、オタクなんですが。二次元キャラにガチ恋するレベルにオタクなんですが。
私たちは更衣室へ入り、制服に着替える。
「めぐりが徹夜したやつ、タイトルなんだっけ? えぇと、ルビー……」
「『Garnet Dance』。あと、徹夜してないから」
平日にゲームで徹夜をしたという誤解だけは否定しておいた。社会人として。
「ゲームは昨夜クリアしたんだよ。推しのテンセイとラブエンド迎えて、幸せな気持ちで布団に入ったのに……」
昨夜見た、生々しい悪夢の記憶が蘇る。それと同時にやり切れない思いが湧きあがってきた。
「なのに私、悪役のソウビになって、テンセイに殺される夢見ちゃったんだよ!? 最推しに殺されるとかひどくない!?」
「いや、知らんがな」
私の嘆きに対し、友人の反応はとてもドライだった。
乙女ゲー『Garnet Dance』の内容はこうだ。
主人公チヨミ(名前変更可)はイクティオ王国の王正妃であるが、夫である王ヒナツは愛妾ソウビに溺れ、国をかえりみなくなってしまう。
チヨミは亡国にならんとするイクティオ王国を救うため、愛する夫と決別し、戦うことを選ぶ。
麗しく心強く、信頼できる仲間たちと共に。
やがて仲間への強い信頼は、生と死のはざまで愛へと昇華してゆく。
乙女ゲーの中では異色の既婚主人公であり、骨太なシステムが評価されている恋愛戦略シミュレーションゲーム。それが『Garnet Dance』、通称『ガネダン』なのだ。
「とにかく!」
帰宅後、食事や入浴を終え、あとは寝るだけの状態になった私は、気合を入れてゲーム機の電源をオンにする。勇壮かつドラマティックなBGMが流れ始めた。
「今夜こそは夢でテンセイといちゃラブする!」
『おまけ』と書かれたボタンをタッチし、続けて『思い出』『テンセイ・ユリスディ』を選択する。
(テンセイの恋愛イベントとラブエンドとトゥルーエンド、見直してから寝よう!)
徹底的に脳にテンセイのイメージや情報を叩き込んで、今夜は眠るのだ。
やがて甘やかでほんのり切ないBGMが耳に届く。
『めぐり殿、自分は貴女のことを愛しております。
初めて出会ったあの日より変わらず……』
おっふぉぁああああ!!
顔が天才! 表情も神がかってる! 神作画!
セリフだって、いちいち心を掴み揺さぶってくる!
それに声! 声が最高!
不器用で誠実な、甘くて低い声! 掠れ加減も詰まり具合も間も、完璧!
「はぁう♡ テンセイ♡ 私もしゅきぃ~♡」
およそ社会人とは思えない嬌声を上げながら、私はラグの上をゴロゴロと転げ回ったのだった。
そう、私は寝る前に一時間みっちりと、テンセイを摂取した。
脳を彼一色に染め上げ、目を開けても部屋にイマジナリーテンセイを出現させ、更には思い通りのセリフを脳内でしゃべらせることが可能なレベルに、彼のイメージを練り上げたのだ。
(私は主人公! 悪役ソウビじゃない! 私はヒロイン! テンセイと結ばれるヒロイン!)
そうして満を持して布団に入り、目を閉じたのだが……。
気が付けば私はローズピンクの髪を揺らし、みすぼらしい服を着て薄汚れた牢の中に立っていた。
「なんでまた悪役になってんのぉお!?」
「おっはよ、めぐり!」
「……おはよ、朋美」
「うわ! 何その顔色、ヤバぁ!」
タイムカードを押した朋美と並び、自分たちのフロアへと向かう。
「あ、わかった! 徹夜でゲームしたんでしょ。確か最近発売だったよね、めぐりの欲しがってた乙女ゲー」
階段を上がりながら、朋美はニヤニヤと笑う。
「オタクだねー」
今時ゲームをする人間なんて珍しくない。朋美は「ゲームで徹夜」という行為に対して「オタク」と言っていた。まぁ、オタクなんですが。二次元キャラにガチ恋するレベルにオタクなんですが。
私たちは更衣室へ入り、制服に着替える。
「めぐりが徹夜したやつ、タイトルなんだっけ? えぇと、ルビー……」
「『Garnet Dance』。あと、徹夜してないから」
平日にゲームで徹夜をしたという誤解だけは否定しておいた。社会人として。
「ゲームは昨夜クリアしたんだよ。推しのテンセイとラブエンド迎えて、幸せな気持ちで布団に入ったのに……」
昨夜見た、生々しい悪夢の記憶が蘇る。それと同時にやり切れない思いが湧きあがってきた。
「なのに私、悪役のソウビになって、テンセイに殺される夢見ちゃったんだよ!? 最推しに殺されるとかひどくない!?」
「いや、知らんがな」
私の嘆きに対し、友人の反応はとてもドライだった。
乙女ゲー『Garnet Dance』の内容はこうだ。
主人公チヨミ(名前変更可)はイクティオ王国の王正妃であるが、夫である王ヒナツは愛妾ソウビに溺れ、国をかえりみなくなってしまう。
チヨミは亡国にならんとするイクティオ王国を救うため、愛する夫と決別し、戦うことを選ぶ。
麗しく心強く、信頼できる仲間たちと共に。
やがて仲間への強い信頼は、生と死のはざまで愛へと昇華してゆく。
乙女ゲーの中では異色の既婚主人公であり、骨太なシステムが評価されている恋愛戦略シミュレーションゲーム。それが『Garnet Dance』、通称『ガネダン』なのだ。
「とにかく!」
帰宅後、食事や入浴を終え、あとは寝るだけの状態になった私は、気合を入れてゲーム機の電源をオンにする。勇壮かつドラマティックなBGMが流れ始めた。
「今夜こそは夢でテンセイといちゃラブする!」
『おまけ』と書かれたボタンをタッチし、続けて『思い出』『テンセイ・ユリスディ』を選択する。
(テンセイの恋愛イベントとラブエンドとトゥルーエンド、見直してから寝よう!)
徹底的に脳にテンセイのイメージや情報を叩き込んで、今夜は眠るのだ。
やがて甘やかでほんのり切ないBGMが耳に届く。
『めぐり殿、自分は貴女のことを愛しております。
初めて出会ったあの日より変わらず……』
おっふぉぁああああ!!
顔が天才! 表情も神がかってる! 神作画!
セリフだって、いちいち心を掴み揺さぶってくる!
それに声! 声が最高!
不器用で誠実な、甘くて低い声! 掠れ加減も詰まり具合も間も、完璧!
「はぁう♡ テンセイ♡ 私もしゅきぃ~♡」
およそ社会人とは思えない嬌声を上げながら、私はラグの上をゴロゴロと転げ回ったのだった。
そう、私は寝る前に一時間みっちりと、テンセイを摂取した。
脳を彼一色に染め上げ、目を開けても部屋にイマジナリーテンセイを出現させ、更には思い通りのセリフを脳内でしゃべらせることが可能なレベルに、彼のイメージを練り上げたのだ。
(私は主人公! 悪役ソウビじゃない! 私はヒロイン! テンセイと結ばれるヒロイン!)
そうして満を持して布団に入り、目を閉じたのだが……。
気が付けば私はローズピンクの髪を揺らし、みすぼらしい服を着て薄汚れた牢の中に立っていた。
「なんでまた悪役になってんのぉお!?」