寵姫は正妃の庇護を求む
第23話 タイサイの想い
タイサイの思わぬ大声に、私は慌てて彼の口を押さえる。
東屋の二人がこちらを振り返る前に、私たちはしゃがんで植え込みの中に隠れた。
「……ってぇ」
「やー、青春だねぇ」
「はぁ!? なにが!!」
むきになる十七歳が可愛くて、ついついいじりたくなってしまう。
「いや、やればいいじゃん? あの二人の間にドーンと突っ込んで行ってさ、『姉さんには警戒心が足りない!』ってタイサイが説教すんの、すんごく見たい」
「やんねぇよ!! アホ」
アホ言うたな、この野郎。
ここは煽りつつ正論で殴ってやる。
「あのさ、タイサイ。そうやってギリギリ歯ぎしりしてるだけじゃ、ストレートに言葉伝えてくる人に負けるよ? てかさ、最初から素直に告白しておけば、チヨミをヒナツに取られることもなかったんじゃない?」
「……っ」
タイサイがすごい目で睨んでくる。
激しく言い返してくるかと身構えたが、タイサイはふいと目を逸らし、小さく呟いた。
「勝手なこと言いやがって……」
(おっと……)
予想外の反応に拍子抜けする。
「姉さんはさ、本気であの使用人のこと好きだったんだよ。昔、姉さんが盗賊に襲われていたのを、ヒナツはナイフたった一本で、血だらけになりながら助けたんだからな」
タイサイの悔しさを押し殺した震える声。
「あの時の光景は今でも忘れられない。月明かりの下、自分が傷つくもの構わず真っすぐに姉さんを助けに行ったあの男の姿。獣のように荒々しくて、強くて……。震えて見ていることしかできなった俺とは大違いだった……」
少年の拳が小刻みに揺れる
「俺に、割って入る隙間なんてなかったんだよ!」
「……」
(そうだね……)
私もそのエピソードは知ってる。
プレイ前からテンセイしか目に入ってなかった私にとって、ヒナツとチヨミのエピソードはあまり重要じゃなくて、ヒナツとの夫婦パート早く終われ、とっとと追放されて攻略キャラの所へ行かせろ、くらいに考えてた。
だけど序盤で見た、過去のヒナツのあのスチルは、今も鮮明に目に焼き付いてる。
まだ十二歳の華奢な少年が、血まみれ傷だらけで月光の下、ナイフ片手に主人公をふり返っていた。
まるで狼の子のように獰猛で、眼光が鋭くて、赤い髪は燃えるようで美しかった。
あんな少年に命を救われれば、少女のチヨミが恋に落ちるのも無理はない。
そして、そこに割りこめなかったタイサイの気持ちもわかる。
チヨミは純粋に、ヒナツを好きになってしまったのだから。
「ごめん、タイサイ。私、無神経なこと言った」
「……」
タイサイは私を睨みつけ、面白くなさそうに舌打ちする。
植え込みから立ち上がり、去ろうとする彼の背に、私は言葉を続けた。
「でもさ、今は状況が違うよ、タイサイ。その初恋の人に裏切られて、チヨミの心にはぽっかりと穴が開いてる」
「だから? そこにつけ込めって? 俺はそこまで卑怯者じゃねぇ!」
タイサイはとてもまっすぐな少年だ。まっすぐすぎるほどだ。チヨミを思うがゆえに、自分の気持ちに蓋をしようとしている。
「ヒナツの心はもう、チヨミに戻ってこないよ。酷なことを言うけど」
「……っ」
「今すぐチヨミと恋仲になれなんて言わない。でも、誰かが側で支えてあげなきゃ、チヨミは傷だらけの心のまま一人で立ち続けなきゃいけなくなる」
タイサイの肩がピクリと動いた。
「そんなチヨミを支えられるのは、あのメルク王子、ユーヅツ、そしてタイサイ、あなたなんだ」
「……」
本当はここにテンセイも入る。メイン攻略キャラ三人のうちの一人なのだから。
けれどそれは、ここでは言いたくなかった。私のわがままだけど。
ついでに言えば、メルク王子含めた四キャラ攻略後に、実はヒナツ和解ルートが解放されるという噂もある。けれど確実な情報じゃない。それにこれを言ってしまえば、やはりチヨミの心を尊重するタイサイは身を引いてしまうだろう。だから黙っておくことにした。
「……俺が、姉さんを支える?」
「もちろん、タイサイがその役を別の男に譲りたいなら止めないけど」
「っ! 譲りたいわけないだろ!! 姉さんは俺にとって、かけがえのない人なんだ」
(おー、義弟、甘ずっぺぇ! 良き!!)
ゲームプレイ中、主人公チヨミの相手はテンセイだった。けれどそれはチヨミを自分の分身とみなしてプレイしていたからだ。私にとってテンセイは単推し、つまりテンセイ×自分。これが夢女としての私の気持ち。
一方、チヨミを自分とは別の存在と考えた時、彼女の側にいてほしいのはタイサイだと今は思う。つまり、カプ推しではタイサイ×チヨミが私の中では熱い。
(良きじゃないですか、素直になれない義弟の、長年積み重ねてきた純粋な想い! ふふっ、ふふふふ……)
「だけどな、あの男の心が姉さんに戻らないとか、なんでお前が知ってるんだ!」
タイサイの不機嫌な声に、私は我に返る。
(あ、しまった)
興奮で頭に上っていた血がスッと引く。
私、知識チートでまた何かやっちゃいました、ね。ははっ。
タイサイは挑むような目を私に向け、一歩また一歩と迫ってくる。
「事情を追求しないって話だったけど、やっぱお前は怪しいぜ。ソウビ、お前は何をどこまで知ってるんだ! お前は何者なんだ!?」
「えーと……」
私は植え込みから立ち上がり、じりじりと後ずさる。
「今の私はとりあえず、タイサイの恋の応援団ってことで……」
「……」
「あっ、ここで騒ぐとチヨミたちに気づかれちゃうよ?」
私は東屋へ目を向ける。いつの間にか二人は姿を消していた。
「じゃっ、この辺で失礼しゃーっす!」
「逃げんな!」
「ぴゃ!?」
戦いの時にも目にした、タイサイの俊敏な動き。
一瞬で距離を詰められ、手首をがっちりロックされてしまった。
(ぎゃあ! 案外力強い!)
タイサイはぐいと私を引き寄せると、正面から刺すような目つきで見下ろしてくる。
「姉さんの側に怪しい人間を置いておくわけにはいかない。姉さんの身は俺がこの手で守る!!」
(その熱いソウルは、私でなくチヨミに直接ぶつけてくれよぉおお!!)
その時だった。
「手を離せ、タイサイ」
暗がりから聞こえてきた殺気だった低い声に、私を捕らえた指がびくりとなる。
「テンセイ!」
「テンセイ、団長……」
東屋の二人がこちらを振り返る前に、私たちはしゃがんで植え込みの中に隠れた。
「……ってぇ」
「やー、青春だねぇ」
「はぁ!? なにが!!」
むきになる十七歳が可愛くて、ついついいじりたくなってしまう。
「いや、やればいいじゃん? あの二人の間にドーンと突っ込んで行ってさ、『姉さんには警戒心が足りない!』ってタイサイが説教すんの、すんごく見たい」
「やんねぇよ!! アホ」
アホ言うたな、この野郎。
ここは煽りつつ正論で殴ってやる。
「あのさ、タイサイ。そうやってギリギリ歯ぎしりしてるだけじゃ、ストレートに言葉伝えてくる人に負けるよ? てかさ、最初から素直に告白しておけば、チヨミをヒナツに取られることもなかったんじゃない?」
「……っ」
タイサイがすごい目で睨んでくる。
激しく言い返してくるかと身構えたが、タイサイはふいと目を逸らし、小さく呟いた。
「勝手なこと言いやがって……」
(おっと……)
予想外の反応に拍子抜けする。
「姉さんはさ、本気であの使用人のこと好きだったんだよ。昔、姉さんが盗賊に襲われていたのを、ヒナツはナイフたった一本で、血だらけになりながら助けたんだからな」
タイサイの悔しさを押し殺した震える声。
「あの時の光景は今でも忘れられない。月明かりの下、自分が傷つくもの構わず真っすぐに姉さんを助けに行ったあの男の姿。獣のように荒々しくて、強くて……。震えて見ていることしかできなった俺とは大違いだった……」
少年の拳が小刻みに揺れる
「俺に、割って入る隙間なんてなかったんだよ!」
「……」
(そうだね……)
私もそのエピソードは知ってる。
プレイ前からテンセイしか目に入ってなかった私にとって、ヒナツとチヨミのエピソードはあまり重要じゃなくて、ヒナツとの夫婦パート早く終われ、とっとと追放されて攻略キャラの所へ行かせろ、くらいに考えてた。
だけど序盤で見た、過去のヒナツのあのスチルは、今も鮮明に目に焼き付いてる。
まだ十二歳の華奢な少年が、血まみれ傷だらけで月光の下、ナイフ片手に主人公をふり返っていた。
まるで狼の子のように獰猛で、眼光が鋭くて、赤い髪は燃えるようで美しかった。
あんな少年に命を救われれば、少女のチヨミが恋に落ちるのも無理はない。
そして、そこに割りこめなかったタイサイの気持ちもわかる。
チヨミは純粋に、ヒナツを好きになってしまったのだから。
「ごめん、タイサイ。私、無神経なこと言った」
「……」
タイサイは私を睨みつけ、面白くなさそうに舌打ちする。
植え込みから立ち上がり、去ろうとする彼の背に、私は言葉を続けた。
「でもさ、今は状況が違うよ、タイサイ。その初恋の人に裏切られて、チヨミの心にはぽっかりと穴が開いてる」
「だから? そこにつけ込めって? 俺はそこまで卑怯者じゃねぇ!」
タイサイはとてもまっすぐな少年だ。まっすぐすぎるほどだ。チヨミを思うがゆえに、自分の気持ちに蓋をしようとしている。
「ヒナツの心はもう、チヨミに戻ってこないよ。酷なことを言うけど」
「……っ」
「今すぐチヨミと恋仲になれなんて言わない。でも、誰かが側で支えてあげなきゃ、チヨミは傷だらけの心のまま一人で立ち続けなきゃいけなくなる」
タイサイの肩がピクリと動いた。
「そんなチヨミを支えられるのは、あのメルク王子、ユーヅツ、そしてタイサイ、あなたなんだ」
「……」
本当はここにテンセイも入る。メイン攻略キャラ三人のうちの一人なのだから。
けれどそれは、ここでは言いたくなかった。私のわがままだけど。
ついでに言えば、メルク王子含めた四キャラ攻略後に、実はヒナツ和解ルートが解放されるという噂もある。けれど確実な情報じゃない。それにこれを言ってしまえば、やはりチヨミの心を尊重するタイサイは身を引いてしまうだろう。だから黙っておくことにした。
「……俺が、姉さんを支える?」
「もちろん、タイサイがその役を別の男に譲りたいなら止めないけど」
「っ! 譲りたいわけないだろ!! 姉さんは俺にとって、かけがえのない人なんだ」
(おー、義弟、甘ずっぺぇ! 良き!!)
ゲームプレイ中、主人公チヨミの相手はテンセイだった。けれどそれはチヨミを自分の分身とみなしてプレイしていたからだ。私にとってテンセイは単推し、つまりテンセイ×自分。これが夢女としての私の気持ち。
一方、チヨミを自分とは別の存在と考えた時、彼女の側にいてほしいのはタイサイだと今は思う。つまり、カプ推しではタイサイ×チヨミが私の中では熱い。
(良きじゃないですか、素直になれない義弟の、長年積み重ねてきた純粋な想い! ふふっ、ふふふふ……)
「だけどな、あの男の心が姉さんに戻らないとか、なんでお前が知ってるんだ!」
タイサイの不機嫌な声に、私は我に返る。
(あ、しまった)
興奮で頭に上っていた血がスッと引く。
私、知識チートでまた何かやっちゃいました、ね。ははっ。
タイサイは挑むような目を私に向け、一歩また一歩と迫ってくる。
「事情を追求しないって話だったけど、やっぱお前は怪しいぜ。ソウビ、お前は何をどこまで知ってるんだ! お前は何者なんだ!?」
「えーと……」
私は植え込みから立ち上がり、じりじりと後ずさる。
「今の私はとりあえず、タイサイの恋の応援団ってことで……」
「……」
「あっ、ここで騒ぐとチヨミたちに気づかれちゃうよ?」
私は東屋へ目を向ける。いつの間にか二人は姿を消していた。
「じゃっ、この辺で失礼しゃーっす!」
「逃げんな!」
「ぴゃ!?」
戦いの時にも目にした、タイサイの俊敏な動き。
一瞬で距離を詰められ、手首をがっちりロックされてしまった。
(ぎゃあ! 案外力強い!)
タイサイはぐいと私を引き寄せると、正面から刺すような目つきで見下ろしてくる。
「姉さんの側に怪しい人間を置いておくわけにはいかない。姉さんの身は俺がこの手で守る!!」
(その熱いソウルは、私でなくチヨミに直接ぶつけてくれよぉおお!!)
その時だった。
「手を離せ、タイサイ」
暗がりから聞こえてきた殺気だった低い声に、私を捕らえた指がびくりとなる。
「テンセイ!」
「テンセイ、団長……」