寵姫は正妃の庇護を求む

第28話 イジワル

 チヨミの言葉に私は呆気にとられ、硬直する。そんな私を見て、チヨミは恥じらうように微かに笑った。
「バカみたいでしょ。捨てられて、裏切られて、敵に回って。国のみんなを苦しめている最低なやつ」
 チヨミが両手の指を膝の上で組み、白くなるほど握りしめる。
「それなのにね、私まだヒナツが好きなんだ。本当にバカだよね」
「は……、はぁああ~っ!?」
 待って?
『ガネダン』はヒナツに捨てられてから、チヨミの真実の恋が始まる物語だ。お相手は、テンセイ・タイサイ・ユーヅツ、そして隠しキャラのメルク王子の四人で……。なのに、今チヨミの心にあるのはヒナツ!? 嘘でしょ!?
(いや、違う。確かじゃないけど、噂があった)
 メルクを含む四人を攻略後に解放されると言う隠しシナリオ。
 まだ発売して間もないため、詳しい攻略法や出現条件ははっきりしていないけど。
(え!? じゃあ待って!? ここってまさか、ヒナツ和解ルートの世界線!?)

「ごめん、本当に理解できない!」
 私はチヨミの両肩を掴む。
「なんで!? なんでヒナツなの!? チヨミを大切にしてる人、他にいるじゃない?」
 私の頭の中には、タイサイの姿があった。
「チヨミ、ヒナツだけはやめとこうよ! 都合のいい女見つけたら、すぐに前の女をポイするヤツだよ?」
「ソウビ……」
「チヨミも私も、利用価値がないと判断されたら速攻捨てられたじゃない? 国家予算の使い方もむちゃくちゃだし、あんなヤツ戦上手なだけで人の上に立つ男じゃない。チヨミは自分を大切にしてくれる人と、幸せにならなきゃだめだよ!」
 私がまくしたてるのを、チヨミは黙って聞いていた。やがてそっと睫毛を伏せ、彼女は寂しげに微笑む。
「……そうだね。ソウビの言う通り」
(チヨミ!)
 チヨミは晴れやかににっこりと目を細めた。
「確かにテンセイの方がいいかも!」
「え?」
 チヨミが私の手の中からするりと抜ける。彼女は胸の前で手を組み、夢見るような目をして、その場で軽くステップを踏んだ。
「前から思っていたの。テンセイは誠実で優しいし、強いし純情で。ヒナツ選ぶくらいなら、テンセイの方がいいかな?」
「え、えっと、あの……」
 チヨミの言葉に、ザッと血の気が引く。
 彼女はこの物語の主人公だ。もしヒロイン補正がかかれば、本来悪役の私なんて太刀打ちできるはずがない。
「テンセイは、その、えぇと……」
「冗談よ」
 青ざめる私を振り返り、チヨミは茶目っ気たっぷりに舌先を見せた。
「ソウビがイジワル言うから、私もイジワル言っちゃった」
(イジワル……)
 言われてみればそうだ。親切心からのアドバイスのつもりだったけど、チヨミにしてみれば好きな人を悪く言われたことになる。余計なお世話と言うやつだ。
「ごめん、チヨミ」
「ううん」
 チヨミは寂しげに首を横に振る。
「普通の感覚なら、もっともな意見よ。こんなのソウビでなくとも反対するわ。特にお父様や、それにタイサイも」
(タイサイはキレ散らかすだろうなー……)
 どんな顔で何を言うか、想像に難くない。

 チヨミはベンチに座り直すと、空を見上げた。
「ねぇ、ソウビ。私がヒナツを好きになった時の話、聞いてくれる?」
「……うん」
 チヨミは足をぶらつかせ、話し始める。ここにいるのは威厳ある王妃などではなく、一人の恋する乙女なのだろう。
「私が九歳の頃、もうすぐ家に着くって時に馬車が盗賊に襲われてね。私もタイサイも攫われかけたんだ。お父さんも、危うく殺されるところだった」
 私の脳裏にゲームで見た場面が蘇る。
「そこに駆け付けてくれたのが、まだ十二歳のヒナツだったの。小さなナイフ一本持っただけの」
 チヨミは頬をうっすらと染め、遠い目をする。
「かっこよかったんだよ。風のように駆け回りながら、盗賊を一人、また一人とヒナツは倒していったの。返り血を浴びながら月光の下に立つヒナツは、悪魔のように恐ろしくて、それでいてすごく素敵だった」
 私は頷く。恐ろしくも美しいあのスチルは、私もかなり好きだった。
「その後、ヒナツは私の父から仕事や身分を与えられ、活躍の場を広げたんだけど」
 チヨミはふと顔を曇らせる。
「彼はずっと劣等感を抱えてたみたい……」
「……うん」
「それを跳ね返すために、ヒナツががむしゃらに戦っていたの、私は知ってる。私はそんなヒナツから、劣等感を拭い去ってあげたかった。あなたはそのままで素敵だよ。私はあなたを認めてるよ、って」
(へぇ……)

 チヨミのこの感情は知らなかった。
(全キャラ攻略後にしか見られない、ヒナツ和解ルートのセリフかな)
 ネタバレは避けたい気もしたけれど、ここは黙って聞き役に徹することにした。
 チヨミは頬を染め、ヒナツのどんなところに心惹かれたのかを語り続ける。
 段差に躓いた時、抱き止めてくれた頼りがいのある腕。
 貴族の集まりで身分をからかわれた時、意地の悪い少年たちを一瞬で黙らせたヒナツの眼光。
「私が困っていると、いつも真っ先に駆け付けてくれた。前の、ウツラフ村の時だってそうだったでしょ?」
「そう、だね」
「……だけど、ヒナツは多分、誰のことも本気で好きになったことないと思うの」
「えっ」
「私のことも、ラニのことも。ヒナツは身分の高い女を手に入れたいだけ」
 そこには恐らく私も入るのだろう。王の娘が必要、彼はそうはっきり言っていたから。
「私を手に入れることで、ヒナツは貴族の仲間入りをした気分になった。そしてソウビやラニを手に入れることで王族の仲間入りをした気分を味わえた。それはとても子どもっぽい感覚だと思うけど、そうすることでしか彼は自尊心を保てない。……なんだか、ちょっとヒナツが可哀相になっちゃって」
 チヨミは一つ深呼吸をすると、私をまっすぐに見た。
「私はヒナツを支えたい。彼が彼であることにどれだけ魅力があるのか、心に届くまで隣で伝え続けたい。私の命を救ってくれたヒナツだから。今度は私が救いたいんだ、彼の魂を。ヒナツが助けてくれた、この命にかけて」
「チヨミ……」
「……だから、ヒナツを倒すためじゃなく、ヒナツを救うために私はイクティオに戻ろうと思う」
(えっ)
 チヨミの目には力と希望があふれていた。
 それは紛れもなく人の上に立つ者の眼差し。主人公のもの。
 彼女が私の手をそっと取る。
「戻ろうよ、ソウビ。私の大切なヒナツと、あなたの大切な妹、ラニを救うために」
「チヨミ……!」
 ラニのことまで気にかけてくれていたことに、心が震える。
(えぇえ、なんだこれ、熱い展開!!)
 チヨミの言葉に胸が躍り、体が熱くなる。
(そっか、ヒナツ和解ルートなら、ラニも救えるかもしれないんだ!)
 私はチヨミの手を握り返す。
 私たちはしっかりと目を合わせ、頷きあった。
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