寵姫は正妃の庇護を求む
第38話 終結
激しい剣戟が続く。私は二人をよけながら、隙を見てチヨミへ補助魔法をかけ続けた。
「ヒナツ、一番伝えたい言葉を私はまだ言ってない!」
容赦なく刃を叩きつけながらチヨミが叫ぶ。
「うるさい!お前の口から出てくるのは、いつも俺を否定するものばかりだ!」
「聞いてヒナツ、私は……!」
「黙れぇえ!!」
(チヨミ……!)
その時だった。
カチリと小さな音が背後から聞こえた。
(今の音……)
振り返った先で扉が開く。そこから見慣れた顔ぶれが次々と入って来た。
「ソウビ殿!!」
「姉さん、無事か!?」
「テンセイ、タイサイ……!」
「二人とも生きてるようだね」
「あぁ、間に合って良かったぜ」
(ユーヅツ、メルクも!)
攻略キャラ四人に続き、兵士たちや民たちも開いた扉からなだれ込んでくる。
(なるほど。つまりこの戦闘は『〇ターン耐えろ』とかそういうやつかな?)
だが、ほっとしたのもつかの間、殺気立った怒声があちこちから湧きあがった。
「チヨミ様に加勢しろ!!」
「おおおお!!」
(えっ!?)
何が起こったか理解する間もなく、数多の礫がヒナツに向かって飛んでいく。
民たちの投げつけるそれは、まるで雨のようにヒナツの頭上へと降り注いだ。
「ちょ……」
予想していなかった彼らの行動に私の声は喉元で固まる。
やがて、そのうちの大きな一つが、ヒナツの額を直撃した。
「ガッ!」
ヒナツがのけぞり、よろめき、何とか踏みとどまる。
彼の赤い髪よりさらに朱い血が、顔を染めた。
「ま、待って、みんな! こんな乱暴な……!」
「父ちゃんを返せ! お前のせいでドラゴンにやられたんだ!」
「……っ!」
ようやく絞り出せた声は、民たちの怒りにかき消される。
「アタシの夫は、仕事のできない体にされちまった!」
「恋人を返して! 武器も防具も与えないままドラゴンミルクを取りに行かせるから!」
「……っ」
(言えない)
私は服の胸元をギュッと掴む。
(この行為が、残酷だとか野蛮だとか、私には言えない。ヒナツはこれ以上のことを、国のみんなにやってしまったんだ……!)
彼らの口を塞ぐことなんて、私にはできなかった。
「くたばれ!!」
「お前のせいだ!!」
「ま、待て、お前たち!」
彼らの行為を止めようとテンセイが声を上げたが、その勢いはとても収まりそうになり。
「クソが……っ、てめぇら……!」
顔や王の装束を血に染めたヒナツが、剣を杖にして立ち上がろうとした時だった。
チヨミが両手を広げ、ヒナツと群衆の間に立ちはだかった。
「姉さん!?」
礫の一つがチヨミの頬をかすめる。
チヨミの白い肌にぷくりと血の珠が浮かび、つうと滴り落ちた。
「お。おい、やめろ! 投げるな!! チヨミ様に当たっちまう!!」
群衆の間に動揺が広がり、勢いが落ちる。
だが、その中にも怒りの収まらない者がいた。
「チヨミ様、そこをどいとくれ! なぜそんなやつを庇うんだい!?」
チヨミはまるで磔にされたかのように、左右に腕を伸ばし目を閉じている。
それは、殉教者のように神々しかった。
「ごめんなさい、皆さん。私は、ヒナツ・プロスペロの妻です」
チヨミの静かでよく通る声が、謁見室の空気を震わせる。
彼女は目を開き、慈しみに満ちた視線を人々に向けた。
「今も、夫を愛しているのです」
「なっ……」
血に濡れた髪の間からヒナツが目を剝く。
「……なん、だって?」
呻くように言うと、タイサイは剣を取り落とした。
その場は水を打ったように静まり返る。
だがすぐにどよめき、怨嗟の声がわき上がった。
「ふざけないで! そんな男を庇うならあんたも同罪よ!」
「今すぐそこをどいてくれ! あんたを憎みたくないんだ!」
嵐のような抗議の声を受けながら、チヨミはスッと睫毛を伏せる。
「ヒナツ、伝えたかった言葉、言うね」
「……」
チヨミは再び目を上げる。その瞳に迷いはなかった。次の瞬間飛んでくるかもしれない礫を恐れることなく、彼女はまっすぐにヒナツの心へ言葉を捧げる。
「昔、野盗から私を助けてくれたよね。あの日から、ずっとヒナツが好きだよ。この命は、この魂は、あなたがいたから今ここにあるの。だからね、今度は私が、ヒナツの命を救う番」
ヒナツは信じがたいものを見る目で、自分を背に庇うチヨミを見ていた。
「ばかやろう……」
やがてその口から、震える声が漏れる。
そして一転、彼女を嘲笑うように顔を歪め、まくしたてた。
「バカな女だなてめぇは!! あんなの、自分のためにやったに決まってんだろ!! お嬢様であるあんたを助ければ、貴族の旦那の目に留まる! 現に、お前の父親は俺を取り立てた!! そうだ、それが目的だったんだ! 別にてめぇを大切に思ってやったわけじゃねぇよ!」
「それでも、あれはあなたの命を引き換えにしての大勝負だった」
チヨミはヒナツを背に庇ったまま、柔らかに微笑み言葉を紡ぐ。
「そこにどんな感情が絡んでようと関係ない。事実として、あなたは命がけで私を助けてくれた。私の命は、あなたに救われたもの。だからこの命、あなたのために使いたい」
澄み切ったチヨミの言葉にヒナツは二の句を継げず、ただ大きく腕を広げた彼女の背を見つめる。
ふと、チヨミの瞳に憂いが差す。
「……ヒナツ、あなたは大勢の民を犠牲にしてしまった。その報いは受けよう?」
「……」
「ごめんね、ヒナツ。私があなたに嫌われることを恐れて、間違った道に進もうとするあなたにちゃんと言えなかったから。せめて私は、あなたの道行きに付き合うよ……」
チヨミはヒナツに背を向けたまま、聖母のように微笑んだ。
「ヒナツ、あなたが、大切だから」
「う……、うおぉおおおおお!!」
チヨミが言葉を告げ終わると同時に、ヒナツはその場にくずれ落ちる。
「あぁ、うぁあああ! うわぁあああああ!!」
幼子のように泣き崩れるヒナツへ、チヨミは腕を下ろしようやく振り返る。悲し気で、そして慈愛に満ちた眼差しを彼に向けた。
「あなたから王の地位をはく奪します。あなたの処遇は、次に王となる者に委ねましょう」
身を丸めて床にうずくまるヒナツへ、チヨミは跪きそっと手をのばす。血に濡れた赤い髪を、愛し気に指で触れた。
「私も、共に」
それはまるで一枚の絵画のように美しく、神々しく、誰もがただ言葉を失い見ていることしかできなかった。
毒気の抜けた雰囲気の中、私はほっと小さく息をつく。
(これで、ひとまずの解決を迎えたってことでいいのかな?)
そう思い、何気なく玉座の方へ目を向けた時だった。
「あれっ?」
「どうなされた、ソウビ殿」
「ラニがいない」
「なんだって?」
ユーヅツの声に、タイサイやメルクが目を上げる。
(あ……! これってゲームの中のソウビと同じ行動だよ!)
チヨミに気を取られて、うっかりしていた。
原作ゲームでは、皆の目がヒナツに集中している隙をつき、ソウビは城から逃げ出すのだ。
そして森の中で、憎しみを募らせた民やテンセイに追いつかれ、無惨な最期を迎える。
(と言うことは、ラニはきっとあの森の中……!)
はじかれたように、私は駆け出す。
「どこへ行かれるのですか、ソウビ殿!?」
「ラニを追いかけなきゃ!」
きっと今ごろ、彼女は泣きながら走っている。
恐怖に震え、憎悪に怯え、誰にも頼れない孤独に絶望しながら。
(私の身代わりとなって……!)
「お待ちください、ソウビ殿! 自分も参ります!!」
「ヒナツ、一番伝えたい言葉を私はまだ言ってない!」
容赦なく刃を叩きつけながらチヨミが叫ぶ。
「うるさい!お前の口から出てくるのは、いつも俺を否定するものばかりだ!」
「聞いてヒナツ、私は……!」
「黙れぇえ!!」
(チヨミ……!)
その時だった。
カチリと小さな音が背後から聞こえた。
(今の音……)
振り返った先で扉が開く。そこから見慣れた顔ぶれが次々と入って来た。
「ソウビ殿!!」
「姉さん、無事か!?」
「テンセイ、タイサイ……!」
「二人とも生きてるようだね」
「あぁ、間に合って良かったぜ」
(ユーヅツ、メルクも!)
攻略キャラ四人に続き、兵士たちや民たちも開いた扉からなだれ込んでくる。
(なるほど。つまりこの戦闘は『〇ターン耐えろ』とかそういうやつかな?)
だが、ほっとしたのもつかの間、殺気立った怒声があちこちから湧きあがった。
「チヨミ様に加勢しろ!!」
「おおおお!!」
(えっ!?)
何が起こったか理解する間もなく、数多の礫がヒナツに向かって飛んでいく。
民たちの投げつけるそれは、まるで雨のようにヒナツの頭上へと降り注いだ。
「ちょ……」
予想していなかった彼らの行動に私の声は喉元で固まる。
やがて、そのうちの大きな一つが、ヒナツの額を直撃した。
「ガッ!」
ヒナツがのけぞり、よろめき、何とか踏みとどまる。
彼の赤い髪よりさらに朱い血が、顔を染めた。
「ま、待って、みんな! こんな乱暴な……!」
「父ちゃんを返せ! お前のせいでドラゴンにやられたんだ!」
「……っ!」
ようやく絞り出せた声は、民たちの怒りにかき消される。
「アタシの夫は、仕事のできない体にされちまった!」
「恋人を返して! 武器も防具も与えないままドラゴンミルクを取りに行かせるから!」
「……っ」
(言えない)
私は服の胸元をギュッと掴む。
(この行為が、残酷だとか野蛮だとか、私には言えない。ヒナツはこれ以上のことを、国のみんなにやってしまったんだ……!)
彼らの口を塞ぐことなんて、私にはできなかった。
「くたばれ!!」
「お前のせいだ!!」
「ま、待て、お前たち!」
彼らの行為を止めようとテンセイが声を上げたが、その勢いはとても収まりそうになり。
「クソが……っ、てめぇら……!」
顔や王の装束を血に染めたヒナツが、剣を杖にして立ち上がろうとした時だった。
チヨミが両手を広げ、ヒナツと群衆の間に立ちはだかった。
「姉さん!?」
礫の一つがチヨミの頬をかすめる。
チヨミの白い肌にぷくりと血の珠が浮かび、つうと滴り落ちた。
「お。おい、やめろ! 投げるな!! チヨミ様に当たっちまう!!」
群衆の間に動揺が広がり、勢いが落ちる。
だが、その中にも怒りの収まらない者がいた。
「チヨミ様、そこをどいとくれ! なぜそんなやつを庇うんだい!?」
チヨミはまるで磔にされたかのように、左右に腕を伸ばし目を閉じている。
それは、殉教者のように神々しかった。
「ごめんなさい、皆さん。私は、ヒナツ・プロスペロの妻です」
チヨミの静かでよく通る声が、謁見室の空気を震わせる。
彼女は目を開き、慈しみに満ちた視線を人々に向けた。
「今も、夫を愛しているのです」
「なっ……」
血に濡れた髪の間からヒナツが目を剝く。
「……なん、だって?」
呻くように言うと、タイサイは剣を取り落とした。
その場は水を打ったように静まり返る。
だがすぐにどよめき、怨嗟の声がわき上がった。
「ふざけないで! そんな男を庇うならあんたも同罪よ!」
「今すぐそこをどいてくれ! あんたを憎みたくないんだ!」
嵐のような抗議の声を受けながら、チヨミはスッと睫毛を伏せる。
「ヒナツ、伝えたかった言葉、言うね」
「……」
チヨミは再び目を上げる。その瞳に迷いはなかった。次の瞬間飛んでくるかもしれない礫を恐れることなく、彼女はまっすぐにヒナツの心へ言葉を捧げる。
「昔、野盗から私を助けてくれたよね。あの日から、ずっとヒナツが好きだよ。この命は、この魂は、あなたがいたから今ここにあるの。だからね、今度は私が、ヒナツの命を救う番」
ヒナツは信じがたいものを見る目で、自分を背に庇うチヨミを見ていた。
「ばかやろう……」
やがてその口から、震える声が漏れる。
そして一転、彼女を嘲笑うように顔を歪め、まくしたてた。
「バカな女だなてめぇは!! あんなの、自分のためにやったに決まってんだろ!! お嬢様であるあんたを助ければ、貴族の旦那の目に留まる! 現に、お前の父親は俺を取り立てた!! そうだ、それが目的だったんだ! 別にてめぇを大切に思ってやったわけじゃねぇよ!」
「それでも、あれはあなたの命を引き換えにしての大勝負だった」
チヨミはヒナツを背に庇ったまま、柔らかに微笑み言葉を紡ぐ。
「そこにどんな感情が絡んでようと関係ない。事実として、あなたは命がけで私を助けてくれた。私の命は、あなたに救われたもの。だからこの命、あなたのために使いたい」
澄み切ったチヨミの言葉にヒナツは二の句を継げず、ただ大きく腕を広げた彼女の背を見つめる。
ふと、チヨミの瞳に憂いが差す。
「……ヒナツ、あなたは大勢の民を犠牲にしてしまった。その報いは受けよう?」
「……」
「ごめんね、ヒナツ。私があなたに嫌われることを恐れて、間違った道に進もうとするあなたにちゃんと言えなかったから。せめて私は、あなたの道行きに付き合うよ……」
チヨミはヒナツに背を向けたまま、聖母のように微笑んだ。
「ヒナツ、あなたが、大切だから」
「う……、うおぉおおおおお!!」
チヨミが言葉を告げ終わると同時に、ヒナツはその場にくずれ落ちる。
「あぁ、うぁあああ! うわぁあああああ!!」
幼子のように泣き崩れるヒナツへ、チヨミは腕を下ろしようやく振り返る。悲し気で、そして慈愛に満ちた眼差しを彼に向けた。
「あなたから王の地位をはく奪します。あなたの処遇は、次に王となる者に委ねましょう」
身を丸めて床にうずくまるヒナツへ、チヨミは跪きそっと手をのばす。血に濡れた赤い髪を、愛し気に指で触れた。
「私も、共に」
それはまるで一枚の絵画のように美しく、神々しく、誰もがただ言葉を失い見ていることしかできなかった。
毒気の抜けた雰囲気の中、私はほっと小さく息をつく。
(これで、ひとまずの解決を迎えたってことでいいのかな?)
そう思い、何気なく玉座の方へ目を向けた時だった。
「あれっ?」
「どうなされた、ソウビ殿」
「ラニがいない」
「なんだって?」
ユーヅツの声に、タイサイやメルクが目を上げる。
(あ……! これってゲームの中のソウビと同じ行動だよ!)
チヨミに気を取られて、うっかりしていた。
原作ゲームでは、皆の目がヒナツに集中している隙をつき、ソウビは城から逃げ出すのだ。
そして森の中で、憎しみを募らせた民やテンセイに追いつかれ、無惨な最期を迎える。
(と言うことは、ラニはきっとあの森の中……!)
はじかれたように、私は駆け出す。
「どこへ行かれるのですか、ソウビ殿!?」
「ラニを追いかけなきゃ!」
きっと今ごろ、彼女は泣きながら走っている。
恐怖に震え、憎悪に怯え、誰にも頼れない孤独に絶望しながら。
(私の身代わりとなって……!)
「お待ちください、ソウビ殿! 自分も参ります!!」