寵姫は正妃の庇護を求む

第7話 フラグを折るため

(それにしても退屈すぎる)
 宴席に連れてこられてから、私はただガハガハ笑うヒナツの隣に座っているだけだ。間が持たないので運ばれてくる食べ物をいくつか口に運んでもみたが、間もなく満腹になってしまった。
 気を紛らわせるため、私は群衆の中から攻略キャラ3人を探す。濃紺の髪の若い騎士が、刺すような眼差しをこちらへ向けていることに気づいた。
(うわ、タイサイ、こっわ……)
 タイサイにとって私は、愛する義姉チヨミとその夫の間に割って入る邪魔者である。チヨミに恋心を抱きながら、義理の姉である彼女に想いを告げられずにいた彼にとって、ヒナツは憎んでも余りある存在だ。しかもヒナツは元はと言えば、アルボル家の使用人。だが、チヨミの幸せのためにと、彼はグッと気持ちを押し殺している。
 そう、ソウビはタイサイにとって「愛する義姉の幸せを壊す淫婦」なのだ。
(ここのタイサイのセリフ覚えてるよ。『あんな子どもに手を出すとは! あの使用人、いや義兄上は何を考えてるんだ!』だったなぁ。いや、ソウビ子どもじゃないし! 18歳だし! 17歳のお前より年上だから! 20歳のチヨミと年齢そう変わらんし!)

 あからさまな敵意を向けてくる若い騎士から視線をはずし、私は次に若葉色の髪を持つ魔導士を探す。
「……(すやぁ)……」
 ユーヅツは祝宴に飽きて、寝てしまっていた。
(原作に忠実だ)
 この場面の描写はゲーム内に存在しない。だが、キャラ的には納得しかない行動だ。

(そしてマイフェイバリット、テンセイは?)
 私は茶色のたてがみを持つ偉丈夫を探す。吸い寄せられるように、その姿はすぐに見つかった。
(あ、テンセイ……)
 テンセイは愁いを帯びた表情で、静かに杯を傾けている。談笑に加わることもなく。
(そりゃそうだよね。形ばかりのものとはいえ、自分の婚約者がこんな場で王に手を出されて、愉快なはずがない)
 テンセイの周囲だけ、少し冷ややかな空気が漂っているように思えた。
(テンセイは忠誠心の高いキャラだからなぁ。こんな大勢の目がある場所で、王のメンツを潰すような言動しないよね)
 不満を押し隠し、一人ぼそぼそと料理を口に運んでいるテンセイの姿。ひょっとすると、婚約者を王に奪われた男として、酒でタガの外れたこの場では笑い者にされているかもしれない。そう思うと、やりきれなくなってきた。
(うわぁん、テンセイ! もっと怒って! 私をさらって!)
「はははは!」
 私の心の中を見透かしたかのようにヒナツが笑った。そしてその武骨で大きな手が私の肩を乱暴に抱く。
(ぎゃー、酒臭い! テンセイの隣に移動させて! 誰か助けて~!)

「ふぅ……」
 しばしの後、私は何とか宴席から抜け出した。人に酔ったと訴える私に、しつこく付き添おうとするヒナツを振り切って。
 宴席から洩れる笑い声を遠くに聞きながら、私は月明かりに染まる廊下を歩く。
(ん? あれは……)
 行く先に人影が見えた。近づくごとに、それはよく知る人物であることに気づく。
「チヨミ!」
 私が声をかけると、チヨミはビクリと身をすくめた。
「メルクはうまく逃がせた?」
 私の言葉に、彼女が顔色を変える。
「なぜ、そのことを……」

「あ、怯えないで。みんなには内緒にしておくから。それに私もやらなきゃと思っていたんだよね」
「……」
 チヨミは探るような目で私を見ている。命のやり取りが日常的であるこの世界、敵と味方を見極められなければ死んでしまうのだから、仕方ない。
 チヨミはこの段階で、彼が隣国の王子であることを知らない。ただ、旅の途中でクーデターに巻き込まれた運の悪い異国人だと認識している。だが、後に王宮から追放されたチヨミを助ける人物こそ彼、メルク・ポースなのだ。
「メルクには無事に国境を超えてほしいよね」
「え、えぇ……」
 理解者であるとアピールしたつもりだが、すっかり警戒されてしまっている。チヨミにこんな顔をされるのはちょっと寂しい。
「あ、あのっ」
 チヨミが思い切ったように、口を開いた。
「何? チヨミ」
「ヒナツは? 私がいないこと、何か言ってた?」
「ううん、特に。今も宴席ではしゃいでると思う」
「そう……」
 私の返答に、チヨミは寂しそうに睫毛を伏せた。
 そうだよね、この段階でチヨミは妻としてヒナツに愛情を持ってる。なのに肝心の本人は、妻が部屋を出て行ったことにも気づかず、それどころか部下の婚約者に手を出して上機嫌なのだから。考えれば考えるほど、最低だな。魂の双子であり親友とも言えるチヨミのことを悲しませたくない。
「私、宴席から逃げてきちゃったんだ」
「え」
「だーって、ヒナツが前王の娘である私を使って、王家の正統な後継者アピールしたがってるの、見え見えなんだもん。そんなことに利用されるなんて、ムカツク!」
 ヒナツが私に向けているのは恋愛感情ではないと、まずは主張する。そして。
「だいたい私が好きなのはテンセイだし! テンセイ以外に心移すことなんて、まずないし!」
「!」
 私のきっばりとした言葉に、チヨミは一瞬目を大きく見開く。やがてその口元に、やわらかな笑みが浮かんだ。
「ふふっ、そうなんだ」
(チヨミ、ほっとした顔してる)
 チヨミの笑顔に、私も少し安堵する。
(少なくとも、私がヒナツのこと眼中にないと安心してくれたかな? それにしても、こんないい子をないがしろにするなんて。ヒナツあの野郎! 許さん!)
 私は両手で、彼女の手をそっと包む。
「ねぇ、チヨミ、お願いがあるんだ」
「お願い? 私に出来ること?」
「うん」
 私はチヨミの手を胸の前でキュッと握る。そう、私はヒナツの側にいちゃいけない。気に入られるわけにもいかない。でなければこの先、国を傾けた大罪人として、ヒナツともども殺害される運命が待ち受けているのだから。
 私はチヨミの目をまっすぐに見据え、はっきりと伝えた。
「今後、私をチヨミの側に置いてほしいの。許可してもらえる?」
「えっ、ソウビを私の側に……?」
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