ミオソティスとクローバー
3
◯宝院高校 本校舎二階 生徒会議室
引き戸を開けようとガタンガタン、としたところで、鍵がかかっていることに気が付く慶吾。
よく見ると、引き戸にA4用紙が一枚テープで貼り付けられていた。
┌────────────────────────┐
♡ケーゴ会長へ♡
会長がガイドする部活案内が
すぐ終わるとも思えないので
今日予定していた定例会議は
金曜に変更しました
ゆえに我々は
自宅警備の任に戻ります
引き継ぎ事項は一点だけです
新聞部が今月分の内容について
何点か相談があるらしいので
訊きに行ってくださいまし
ではまた明日
♡あなたの生徒会役員一同より♡
└────────────────────────┘
貼り紙を読み終えた二人。
チッとかすかな舌打ちをしてからひと言。
慶吾「ぬゎーにが『あなたの』だっつの」
そんな様子とは逆に、とても慎重にテープを剥がす慶吾。
慶吾「ワリーな、逢璃サン。他のヤツら帰ったっぽくて、生徒会らしいこと見学さしてやれねーわ」
逢璃「ううんっ、気にしないで。ま、また今度見せてよ」
努めてニコとする逢璃に対し、やはり表情の変わらない慶吾。A4紙を八つ折りにして制服のスラックスポケットの左側にしまいながら「そだな」と了承の首肯を向ける。
逢璃「新聞部が慶吾くんに用事って書いてたね?」
慶吾「まぁ、逢璃サンの見学ついでに先に新聞部行ってみっか」
逢璃「あのっ、そ、その前にっ」
短く手を挙げる。頬が赤くなっている。
逢璃「せ、せっかくだから、会長さんに直接質問、してもいい、ですか?」
慶吾「どーぞ?」
逢璃へ顔を向け、うやうやしく頭を下げる。
慶吾「ハイ、宝院高校生徒会長の柳田です」
ふふっ、と肩を揺らす逢璃。
逢璃「じゃあ、えー……柳田会長さんは、どうして生徒会長もクラス代表も立候補したのですか? 普通、みんなあんまりやりたがらないでしょ?」
慶吾「普通……とかよくわかんねーけど、いくつか理由あったからだな」
ふらりと来た道を戻るため身を翻す慶吾。
慶吾「ひとつは内申のため。俺あんま表情変わんねーから、態度誤解されること多いし、ちっとでもプラスになんならって感じ?」
逢璃(『あんまり』じゃなく『全然』では?)苦笑い
小走りに追う逢璃だが、間もなく慶吾は歩幅を逢璃に合わせた。
慶吾「あとは、まぁ、性分だな。世話焼きっつーの? 俺の母親が、不器用なくせになんでもかんでも引き受けちまうオヒトヨシでよ、俺そーいうとこ継いじまってるワケ。まぁ俺はあのヒトと違ってクソ器用だし? どーせなら人さまのお役に立てば毎日つまんなくなんねーじゃん?」
逢璃「なんか、まるで暇潰しみたいに言うね」
慶吾「聞こえ悪く言えばそーもなるわな」
逢璃(そっか、世話焼き気質を上手く発揮するために立候補して、どれも誇りをもってやってるんだ)
慶吾「取材は終わりですか、三好記者?」
逢璃「ふふっ、ひとまずは」
慶吾「ブフッ! 新聞部行くからってさっそくノリノリかよ俺たちクククク……」
逢璃(また変な笑い方してる……)
○宝院高校 二棟校舎三階 新聞部部室
新聞部副部長(三年女子)に部の説明をされる逢璃。
副部長「活動内容は単純です。記事担当、写真担当、デザイン・レイアウト・印刷担当の三手に分かれて壁新聞を作ってます。月に一度の学校新聞と、週一更新のコラム紙の二種類が主立った活動内容かな」
逢璃「な、なるほど」
副部長「記事担当の中には詩とか俳句を賞レースに送ってるひともいたり、写真だって展覧会に引っこ抜かれたひともいるから、新聞だけに囚われない活動範囲で見てもらえたらいいかな」
逢璃「賞レース……! す、すごいですっ」
副部長がにっこりする奥で、部長と慶吾が話をしている。その様子をボウと眺める逢璃。話内容は聞こえない。
副部長「ねえねえ、さっき転校生って言ってたけど、もしかして会長と同じクラス?」
コソコソと訊ねてくる副部長。声が弾んでいる。
逢璃「は、はい」
副部長「やっぱそうか、いいなあっ」
逢璃「いい、ですか?」
副部長「いいよう。会長って無愛想だけど、すんごーく世話焼きで細かいこと覚えてくれたりして、うっかりするとついキュンとしちゃうんだよねぇ。『ひとタラシ』みたいな?」
逢璃「ひ、ひとタラシ、ですか」
副部長「だって全然喋ったことないのに、顔と名前覚えてくれたりしてさあ! そのときは『ファンサえぐっ』て思ったよ。だから三年の中でも会長推しのひと多いんだよねぇ」
逢璃「そう、なんですね」
逢璃(まあ、あの顔面の良さにあの身長にあの立ち居振る舞いだもんね。人気あるのもわかる)
ふと慶吾と視線が合う。どきりとする逢璃。
逢璃(だって、既にわたしもドキドキすること、多いもん)
部長に別れを告げて、慶吾は逢璃のもとへやって来る。
慶吾「こっち終わったけど、説明聞き終わった?」
逢璃「う、うんっ」
慶吾「そ。中山先輩、ご説明ありがとうございました」
ペコリと30度程度頭を下げる慶吾。
副部長が「いーえいーえ」とにこりとしたあとで、逢璃へ「ほらね」と指を差した。
ガクガクと頷く逢璃。「なんのこっちゃ?」の慶吾は無表情のまま二人を眺めている。
○校内の各部室をまわりながら、その都度説明を受ける逢璃。
文化部は書道部、弁論部、茶道・華道部、美術部、吹奏楽部。
運動部はサッカー部、テニス部、弓道部、バスケ部。いずれも主にマネージャーポジションへ勧誘された。
慶吾はどこへ行ってもポジティブな声かけをされていた。
ひととおり見終わって、体育館から本校舎の生徒玄関へ向かう道中。並び歩く二人。
慶吾「今日活動してねーとこもちょいちょいあったけど、ざっとこんな感じだな」
逢璃「ありがとね。この学校のこと、またちょっとわかった気がするよ」
慶吾「ならよかったっスわ。んじゃ総括な。部活巡りして疑問質問、なんかある?」
逢璃「ううん、大丈夫」
慶吾「そ。じゃあ俺から質問。どっか入ってみてもいいなってとこ、ありました?」
逢璃「あ、えと……そうだな。最初の新聞部は、ちょっと興味湧いた、けど」
慶吾「へぇ」わずかに目を見開く。
逢璃「はっ、入るかまでは、まだなんとも」苦笑い。
慶吾「どんなとこが逢璃サンの琴線に?」
ぐ、と口を閉ざす逢璃。視線を外さない慶吾。
ややあってから口を開く逢璃。
逢璃「わ、嗤わない?」
慶吾「嗤われるような理由なワケ?」
逢璃「べべ、別にそういうワケじゃ、ない、とは思う」
自信なさそうに俯く逢璃。
逢璃「その……誰にも言ったことないから、どんな反応が返ってくるか、わかんなくて」
慶吾「俺、全然表情変わんねーことで有名だけど?」
ピタリと立ち止まる双方。互いを見合って数秒間停止。
逢璃(そうか。慶吾くんはたしかに笑いのツボ浅いっぽいけど、そういうふうに嗤うことはしないひとだ。今日一日見てきたから、わかる)
フイと視線を落とす逢璃。深呼吸を挟んで重たげに口を開く。
逢璃「わたしね、お父さんの転勤の影響で、長くても二年しか同じ土地にいられない人生なんだ。入学した学校で卒業できてないっていうか。だから転校は慣れっこで、何度も『またかぁ』って思ってきたの」
夕焼けが濃くなる窓の向こう。
逢璃「どれだけその土地のひとと仲良くなっても、ある程度すると強制的にお別れになっちゃう。そうするとね、わたしってすぐ忘れられちゃうんだよね」
二棟校舎の向こうへ沈みゆく夕焼けに目をやる逢璃。
逢璃「『手紙書くね』とか『電話するね』って口約束は、あっという間に風化する。送っても返ってこない返事は寂しいし、全然会話が続かなかった電話は虚しさしかない。だからなんとなくね、またすぐ忘れられちゃうんだよなぁって思いながら、行く先々で生活してるとこがあってさ。無意識に壁作る、って言うとちょっと語弊あるけど」
逢璃(だから正直、誰かと深く関わるなんて、わたしにとってはトラウマとかコンプレックスでしかないんだよね。慶吾くんに踏み入られるのも、怖くなくなったわけじゃない。部活案内なんかされて、わたしがこの学校のことを気に入っちゃったら、離れるのだって絶対につらいもの)
角度的に、夕焼けの陽射しが眩く逢璃の目に入ってきた。目を細める逢璃。間もなく瞼を閉じて、慶吾の膝付近へ顔を向ける。
逢璃「けど、そ、空はね、どこ行っても同じなの」
慶吾「……空?」
逢璃「だから空の写真、しょ、小学生の頃から、撮ってて、ずっと……」
逢璃(いざなぞられてみると、なんか、すんごく恥ずかしい……)カアと赤くなる頬。
逢璃「べべ別に空に限らずっ、しゃ、写真撮ることなら、他のことより多少は好き、で。えと、だからその、写真撮れるなら、新聞……」
尻すぼみになっていく言葉。耐えかねて顔面を覆う逢璃。
逢璃(ヤ、ヤバ。恥ずかしさでどうにかなりそう。イタいとかキモいとか、思われてないかな……)
慶吾「へーえ、空の写真」
改められて緊張が増す逢璃。ばくん、と心臓が跳ねて、その場から逃げ出したくなる衝動に襲われる。
ふと、目の前がトラウマの暗闇に。
小学二年生の秋、方言がわからず訊ね返したときの小馬鹿にしたリアクション。
小学五年の新学期、自己紹介シートの『好きなこと』に書いた『空の写真をとること』を嗤われたとき。
中学一年の冬休み明け、その土地の当たり前が逢璃の当たり前でなかった瞬間の恐怖に似た寒気。
それらがフラッシュバックして、逢璃は脚元から凍りつくように固まってしまう。
慶吾「――いいな、そーゆーの」
覆った指の隙間から慶吾を見る逢璃。やはり変わらぬ無表情。
逢璃「……へ?」
慶吾「全国各地周ってきた逢璃サンが、空だけはどこ行っても変わんねーって思ったんだろ? それをずっと切り取ってきたとかさ、そういうのいいよな。具体的に言語化できてねーけど」
凍りついた胸元までがバリン、と割れる。逢璃の心の暗闇に光が差す。
逢璃「……ほんとに?」
慶吾「まあ、俺の価値観だとな。つーかこの話が嗤われると思ってた話かよ? 嗤うとこなくね?」
逢璃「ででででも、イタいとかキモいとか、思われるかなって」
逢璃(むかし、そうやって嗤われたように……)
慶吾「そしたら写真家みんなお笑い芸人だろ」
逢璃「ひ、飛躍ゥ……」
慶吾「あのな。俺の親族みんな、一般的にみたら『変な仕事』してんだよね」
唐突に話題が変わり、キョトンの逢璃。
指折り数えるように。
慶吾「探偵だろ、衣装デザイナーに、舞台芸人。あ、バレエダンサーもいるな。んで、ときたまストリートパフォーマンスやってチャリティ活動してんの」
逢璃(な、なんだその芸能一家……)ぎょっとする顔。
慶吾「よくわかんねーけど、こういう職業ってあんま『普通』じゃねーんだろ? あの親族の中で育った俺には、その一般的な『普通』っつーのがわかんねーから、どーにも周りと基準ズレてるらしいんだよ」
頭を掻く慶吾。
慶吾「だァら俺からしたら、周りのどんなことでもそれぞれに良いとこ見つかるし、周りが変だっつーから辞めるだの恥ずかしいだのってのは、余計なお節介に耳貸す行為でしかねーワケ。……ま、重度のお節介焼きの俺が言うことでもねーけど」
チラリと逢璃を見てから、まばゆい夕焼けを眺める。
慶吾「空を被写体に写真を撮ることなんて、むしろ胸張って自慢できるような活動だろ。アンタも、自分の好きなモンに自信持てばいい。別に大っぴらにしなくたって、ちゃんと自分が好きで長く続けてるモンなら、自分だけは大事にしてやれよ。そんなふうに恥ずかしがったりしねぇで」
それまでポケットに突っ込んでいた左手を引き抜いた慶吾。その手には、八つ折りにした生徒会からの置き手紙。
慶吾「アンタにとって写真撮るっつーのは、アンタだけが見つけた、アンタなりの目線の、アンタにしか見えなかったはずの世界を切り取ってることなんだからよ」
逢璃の両掌を受け皿にさせて、八つ折りになった紙を斜めにしていき『中身』を振り出す。
すると、そこからこぼれ落ちてきたのは、無数の折り紙の四葉のクローバー。色は黄緑、若草色、ミントグリーンなど緑系で統一。大きさは、親指の爪大のものから五センチ四方まで様々。まるで紙吹雪を集めたよう。
逢璃は途端に「わあっ」と感嘆の黄色い声をあげる。
慶吾「改めて言うと、俺の好きなことはマジックすること。それと……観劇」最後小声で、ちょっと恥ずかしげに。
逢璃「観、劇?」
慶吾「親族の舞台観てたら、なんつーか、感化されてだな」
きゅ、と眉間にシワが寄る慶吾。
慶吾「マジックは公言してっし、わりかしどこでも演るけど……けど観劇は全然誰にも、言ってねぇから。た、他言してみろ。すぐアンタが広めたってわかるかんな」
言葉の詰まり方から、慶吾が照れていると気が付く逢璃。それをほのかにかわいらしいと感じながら。
逢璃「どうして、わざわざ教えてくれたの?」
慶吾「アンタも俺に教えたろ。写真が趣味だってこと」
逢璃(多少不可抗力だったけど)
慶吾「だから、対等になるようにな」
逢璃「対等……」
じんわり胸が温まる様子。いつも引け目を感じていた逢璃を対等と思ってくれるひとは、これまでほぼいなかったため。
慶吾「アンタは? 逢璃サン」
慶吾の真顔が夕焼けに染まる。
慶吾「アンタの、ずっと好きなこと」
変わらない真顔、だが優しい声音。
逢璃(もしかして、ちゃんと言葉にして認めてみろって言われてる?)
掌に積まれた折り紙のクローバーが、逢璃のひた隠しにしてきた心をほのかに照らす。
ごくりと生唾を呑んで。
逢璃「わた、わたしの好きなことは、その……行く先々で見た空の写真を、撮ることですっ」
晴れやかな心地の逢璃。この日一日でどれだけのトラウマが浄化されたことだろう。
満足そうに口角を上げ、そっと目を伏せる慶吾。
慶吾「さようですか。素晴らしいご趣味でいらっしゃる」
逢璃(ああ、先生が言ってたあれ、ほんとだなぁ)
○朝の回想(一コマ分)
担任「とても面倒見がよくて他人想いですから」
○回想 終
慶吾「大事にしようぜ、ちょっと恥ずかしいくらいの自分の好きなもののこと」
慶吾を見上げ、クスッとする逢璃。
逢璃(たしかに慶吾くんといると、ずっと心地いい)
引き戸を開けようとガタンガタン、としたところで、鍵がかかっていることに気が付く慶吾。
よく見ると、引き戸にA4用紙が一枚テープで貼り付けられていた。
┌────────────────────────┐
♡ケーゴ会長へ♡
会長がガイドする部活案内が
すぐ終わるとも思えないので
今日予定していた定例会議は
金曜に変更しました
ゆえに我々は
自宅警備の任に戻ります
引き継ぎ事項は一点だけです
新聞部が今月分の内容について
何点か相談があるらしいので
訊きに行ってくださいまし
ではまた明日
♡あなたの生徒会役員一同より♡
└────────────────────────┘
貼り紙を読み終えた二人。
チッとかすかな舌打ちをしてからひと言。
慶吾「ぬゎーにが『あなたの』だっつの」
そんな様子とは逆に、とても慎重にテープを剥がす慶吾。
慶吾「ワリーな、逢璃サン。他のヤツら帰ったっぽくて、生徒会らしいこと見学さしてやれねーわ」
逢璃「ううんっ、気にしないで。ま、また今度見せてよ」
努めてニコとする逢璃に対し、やはり表情の変わらない慶吾。A4紙を八つ折りにして制服のスラックスポケットの左側にしまいながら「そだな」と了承の首肯を向ける。
逢璃「新聞部が慶吾くんに用事って書いてたね?」
慶吾「まぁ、逢璃サンの見学ついでに先に新聞部行ってみっか」
逢璃「あのっ、そ、その前にっ」
短く手を挙げる。頬が赤くなっている。
逢璃「せ、せっかくだから、会長さんに直接質問、してもいい、ですか?」
慶吾「どーぞ?」
逢璃へ顔を向け、うやうやしく頭を下げる。
慶吾「ハイ、宝院高校生徒会長の柳田です」
ふふっ、と肩を揺らす逢璃。
逢璃「じゃあ、えー……柳田会長さんは、どうして生徒会長もクラス代表も立候補したのですか? 普通、みんなあんまりやりたがらないでしょ?」
慶吾「普通……とかよくわかんねーけど、いくつか理由あったからだな」
ふらりと来た道を戻るため身を翻す慶吾。
慶吾「ひとつは内申のため。俺あんま表情変わんねーから、態度誤解されること多いし、ちっとでもプラスになんならって感じ?」
逢璃(『あんまり』じゃなく『全然』では?)苦笑い
小走りに追う逢璃だが、間もなく慶吾は歩幅を逢璃に合わせた。
慶吾「あとは、まぁ、性分だな。世話焼きっつーの? 俺の母親が、不器用なくせになんでもかんでも引き受けちまうオヒトヨシでよ、俺そーいうとこ継いじまってるワケ。まぁ俺はあのヒトと違ってクソ器用だし? どーせなら人さまのお役に立てば毎日つまんなくなんねーじゃん?」
逢璃「なんか、まるで暇潰しみたいに言うね」
慶吾「聞こえ悪く言えばそーもなるわな」
逢璃(そっか、世話焼き気質を上手く発揮するために立候補して、どれも誇りをもってやってるんだ)
慶吾「取材は終わりですか、三好記者?」
逢璃「ふふっ、ひとまずは」
慶吾「ブフッ! 新聞部行くからってさっそくノリノリかよ俺たちクククク……」
逢璃(また変な笑い方してる……)
○宝院高校 二棟校舎三階 新聞部部室
新聞部副部長(三年女子)に部の説明をされる逢璃。
副部長「活動内容は単純です。記事担当、写真担当、デザイン・レイアウト・印刷担当の三手に分かれて壁新聞を作ってます。月に一度の学校新聞と、週一更新のコラム紙の二種類が主立った活動内容かな」
逢璃「な、なるほど」
副部長「記事担当の中には詩とか俳句を賞レースに送ってるひともいたり、写真だって展覧会に引っこ抜かれたひともいるから、新聞だけに囚われない活動範囲で見てもらえたらいいかな」
逢璃「賞レース……! す、すごいですっ」
副部長がにっこりする奥で、部長と慶吾が話をしている。その様子をボウと眺める逢璃。話内容は聞こえない。
副部長「ねえねえ、さっき転校生って言ってたけど、もしかして会長と同じクラス?」
コソコソと訊ねてくる副部長。声が弾んでいる。
逢璃「は、はい」
副部長「やっぱそうか、いいなあっ」
逢璃「いい、ですか?」
副部長「いいよう。会長って無愛想だけど、すんごーく世話焼きで細かいこと覚えてくれたりして、うっかりするとついキュンとしちゃうんだよねぇ。『ひとタラシ』みたいな?」
逢璃「ひ、ひとタラシ、ですか」
副部長「だって全然喋ったことないのに、顔と名前覚えてくれたりしてさあ! そのときは『ファンサえぐっ』て思ったよ。だから三年の中でも会長推しのひと多いんだよねぇ」
逢璃「そう、なんですね」
逢璃(まあ、あの顔面の良さにあの身長にあの立ち居振る舞いだもんね。人気あるのもわかる)
ふと慶吾と視線が合う。どきりとする逢璃。
逢璃(だって、既にわたしもドキドキすること、多いもん)
部長に別れを告げて、慶吾は逢璃のもとへやって来る。
慶吾「こっち終わったけど、説明聞き終わった?」
逢璃「う、うんっ」
慶吾「そ。中山先輩、ご説明ありがとうございました」
ペコリと30度程度頭を下げる慶吾。
副部長が「いーえいーえ」とにこりとしたあとで、逢璃へ「ほらね」と指を差した。
ガクガクと頷く逢璃。「なんのこっちゃ?」の慶吾は無表情のまま二人を眺めている。
○校内の各部室をまわりながら、その都度説明を受ける逢璃。
文化部は書道部、弁論部、茶道・華道部、美術部、吹奏楽部。
運動部はサッカー部、テニス部、弓道部、バスケ部。いずれも主にマネージャーポジションへ勧誘された。
慶吾はどこへ行ってもポジティブな声かけをされていた。
ひととおり見終わって、体育館から本校舎の生徒玄関へ向かう道中。並び歩く二人。
慶吾「今日活動してねーとこもちょいちょいあったけど、ざっとこんな感じだな」
逢璃「ありがとね。この学校のこと、またちょっとわかった気がするよ」
慶吾「ならよかったっスわ。んじゃ総括な。部活巡りして疑問質問、なんかある?」
逢璃「ううん、大丈夫」
慶吾「そ。じゃあ俺から質問。どっか入ってみてもいいなってとこ、ありました?」
逢璃「あ、えと……そうだな。最初の新聞部は、ちょっと興味湧いた、けど」
慶吾「へぇ」わずかに目を見開く。
逢璃「はっ、入るかまでは、まだなんとも」苦笑い。
慶吾「どんなとこが逢璃サンの琴線に?」
ぐ、と口を閉ざす逢璃。視線を外さない慶吾。
ややあってから口を開く逢璃。
逢璃「わ、嗤わない?」
慶吾「嗤われるような理由なワケ?」
逢璃「べべ、別にそういうワケじゃ、ない、とは思う」
自信なさそうに俯く逢璃。
逢璃「その……誰にも言ったことないから、どんな反応が返ってくるか、わかんなくて」
慶吾「俺、全然表情変わんねーことで有名だけど?」
ピタリと立ち止まる双方。互いを見合って数秒間停止。
逢璃(そうか。慶吾くんはたしかに笑いのツボ浅いっぽいけど、そういうふうに嗤うことはしないひとだ。今日一日見てきたから、わかる)
フイと視線を落とす逢璃。深呼吸を挟んで重たげに口を開く。
逢璃「わたしね、お父さんの転勤の影響で、長くても二年しか同じ土地にいられない人生なんだ。入学した学校で卒業できてないっていうか。だから転校は慣れっこで、何度も『またかぁ』って思ってきたの」
夕焼けが濃くなる窓の向こう。
逢璃「どれだけその土地のひとと仲良くなっても、ある程度すると強制的にお別れになっちゃう。そうするとね、わたしってすぐ忘れられちゃうんだよね」
二棟校舎の向こうへ沈みゆく夕焼けに目をやる逢璃。
逢璃「『手紙書くね』とか『電話するね』って口約束は、あっという間に風化する。送っても返ってこない返事は寂しいし、全然会話が続かなかった電話は虚しさしかない。だからなんとなくね、またすぐ忘れられちゃうんだよなぁって思いながら、行く先々で生活してるとこがあってさ。無意識に壁作る、って言うとちょっと語弊あるけど」
逢璃(だから正直、誰かと深く関わるなんて、わたしにとってはトラウマとかコンプレックスでしかないんだよね。慶吾くんに踏み入られるのも、怖くなくなったわけじゃない。部活案内なんかされて、わたしがこの学校のことを気に入っちゃったら、離れるのだって絶対につらいもの)
角度的に、夕焼けの陽射しが眩く逢璃の目に入ってきた。目を細める逢璃。間もなく瞼を閉じて、慶吾の膝付近へ顔を向ける。
逢璃「けど、そ、空はね、どこ行っても同じなの」
慶吾「……空?」
逢璃「だから空の写真、しょ、小学生の頃から、撮ってて、ずっと……」
逢璃(いざなぞられてみると、なんか、すんごく恥ずかしい……)カアと赤くなる頬。
逢璃「べべ別に空に限らずっ、しゃ、写真撮ることなら、他のことより多少は好き、で。えと、だからその、写真撮れるなら、新聞……」
尻すぼみになっていく言葉。耐えかねて顔面を覆う逢璃。
逢璃(ヤ、ヤバ。恥ずかしさでどうにかなりそう。イタいとかキモいとか、思われてないかな……)
慶吾「へーえ、空の写真」
改められて緊張が増す逢璃。ばくん、と心臓が跳ねて、その場から逃げ出したくなる衝動に襲われる。
ふと、目の前がトラウマの暗闇に。
小学二年生の秋、方言がわからず訊ね返したときの小馬鹿にしたリアクション。
小学五年の新学期、自己紹介シートの『好きなこと』に書いた『空の写真をとること』を嗤われたとき。
中学一年の冬休み明け、その土地の当たり前が逢璃の当たり前でなかった瞬間の恐怖に似た寒気。
それらがフラッシュバックして、逢璃は脚元から凍りつくように固まってしまう。
慶吾「――いいな、そーゆーの」
覆った指の隙間から慶吾を見る逢璃。やはり変わらぬ無表情。
逢璃「……へ?」
慶吾「全国各地周ってきた逢璃サンが、空だけはどこ行っても変わんねーって思ったんだろ? それをずっと切り取ってきたとかさ、そういうのいいよな。具体的に言語化できてねーけど」
凍りついた胸元までがバリン、と割れる。逢璃の心の暗闇に光が差す。
逢璃「……ほんとに?」
慶吾「まあ、俺の価値観だとな。つーかこの話が嗤われると思ってた話かよ? 嗤うとこなくね?」
逢璃「ででででも、イタいとかキモいとか、思われるかなって」
逢璃(むかし、そうやって嗤われたように……)
慶吾「そしたら写真家みんなお笑い芸人だろ」
逢璃「ひ、飛躍ゥ……」
慶吾「あのな。俺の親族みんな、一般的にみたら『変な仕事』してんだよね」
唐突に話題が変わり、キョトンの逢璃。
指折り数えるように。
慶吾「探偵だろ、衣装デザイナーに、舞台芸人。あ、バレエダンサーもいるな。んで、ときたまストリートパフォーマンスやってチャリティ活動してんの」
逢璃(な、なんだその芸能一家……)ぎょっとする顔。
慶吾「よくわかんねーけど、こういう職業ってあんま『普通』じゃねーんだろ? あの親族の中で育った俺には、その一般的な『普通』っつーのがわかんねーから、どーにも周りと基準ズレてるらしいんだよ」
頭を掻く慶吾。
慶吾「だァら俺からしたら、周りのどんなことでもそれぞれに良いとこ見つかるし、周りが変だっつーから辞めるだの恥ずかしいだのってのは、余計なお節介に耳貸す行為でしかねーワケ。……ま、重度のお節介焼きの俺が言うことでもねーけど」
チラリと逢璃を見てから、まばゆい夕焼けを眺める。
慶吾「空を被写体に写真を撮ることなんて、むしろ胸張って自慢できるような活動だろ。アンタも、自分の好きなモンに自信持てばいい。別に大っぴらにしなくたって、ちゃんと自分が好きで長く続けてるモンなら、自分だけは大事にしてやれよ。そんなふうに恥ずかしがったりしねぇで」
それまでポケットに突っ込んでいた左手を引き抜いた慶吾。その手には、八つ折りにした生徒会からの置き手紙。
慶吾「アンタにとって写真撮るっつーのは、アンタだけが見つけた、アンタなりの目線の、アンタにしか見えなかったはずの世界を切り取ってることなんだからよ」
逢璃の両掌を受け皿にさせて、八つ折りになった紙を斜めにしていき『中身』を振り出す。
すると、そこからこぼれ落ちてきたのは、無数の折り紙の四葉のクローバー。色は黄緑、若草色、ミントグリーンなど緑系で統一。大きさは、親指の爪大のものから五センチ四方まで様々。まるで紙吹雪を集めたよう。
逢璃は途端に「わあっ」と感嘆の黄色い声をあげる。
慶吾「改めて言うと、俺の好きなことはマジックすること。それと……観劇」最後小声で、ちょっと恥ずかしげに。
逢璃「観、劇?」
慶吾「親族の舞台観てたら、なんつーか、感化されてだな」
きゅ、と眉間にシワが寄る慶吾。
慶吾「マジックは公言してっし、わりかしどこでも演るけど……けど観劇は全然誰にも、言ってねぇから。た、他言してみろ。すぐアンタが広めたってわかるかんな」
言葉の詰まり方から、慶吾が照れていると気が付く逢璃。それをほのかにかわいらしいと感じながら。
逢璃「どうして、わざわざ教えてくれたの?」
慶吾「アンタも俺に教えたろ。写真が趣味だってこと」
逢璃(多少不可抗力だったけど)
慶吾「だから、対等になるようにな」
逢璃「対等……」
じんわり胸が温まる様子。いつも引け目を感じていた逢璃を対等と思ってくれるひとは、これまでほぼいなかったため。
慶吾「アンタは? 逢璃サン」
慶吾の真顔が夕焼けに染まる。
慶吾「アンタの、ずっと好きなこと」
変わらない真顔、だが優しい声音。
逢璃(もしかして、ちゃんと言葉にして認めてみろって言われてる?)
掌に積まれた折り紙のクローバーが、逢璃のひた隠しにしてきた心をほのかに照らす。
ごくりと生唾を呑んで。
逢璃「わた、わたしの好きなことは、その……行く先々で見た空の写真を、撮ることですっ」
晴れやかな心地の逢璃。この日一日でどれだけのトラウマが浄化されたことだろう。
満足そうに口角を上げ、そっと目を伏せる慶吾。
慶吾「さようですか。素晴らしいご趣味でいらっしゃる」
逢璃(ああ、先生が言ってたあれ、ほんとだなぁ)
○朝の回想(一コマ分)
担任「とても面倒見がよくて他人想いですから」
○回想 終
慶吾「大事にしようぜ、ちょっと恥ずかしいくらいの自分の好きなもののこと」
慶吾を見上げ、クスッとする逢璃。
逢璃(たしかに慶吾くんといると、ずっと心地いい)