ミオソティスとクローバー

◯二日後 五時間目 四クラス合同オリエンテーション。
 会議室のような広い教室に、長机が横3✕縦12列で並んでいる。長机ひとつあたり、三人ずつ座っている。

 学年主任の先生が説明している手元資料プリントを、真剣に眺める逢璃。

(逢璃のモノローグ 始)
 転校早々だけど、わたしたちは二週間後に修学旅行を控えている。期間は四泊五日、行き先は北海道。

 旭川(あさひかわ)空港から北海道へ入り、旭山動物園を見学。
 翌日から拠点を札幌へ移し、市内の限られた区間内で自由行動。
 三日目は小樽(おたる)で選択式の体験学習。
 最終日の四日目で白老町(しらおいちょう)の民族博物館に立ち寄り、新千歳(しんちとせ)空港から学校へと戻ってきて終了だそうだ。

 多分わたしは、この場に沸き立つ誰よりも北海道の広さを理解していると思う。わたしにとって北海道は、この学校よりも馴れ親しんだ土地だから。
 旭川には小学校低学年の二年半、札幌には中学一年生からの二年間住んでいた。
 そのことがなんとなく自信になってくれて、オリエンテーションを聞きながら「意外となんとかなるかもしれない」と前向きになれた。
(逢璃のモノローグ 終)

慶吾「逢璃サンて北海道にもいたことあるんだっけか」

 頬杖でコソコソと訊ねる、逢璃の右隣の慶吾。(逢璃、慶吾、男子生徒の順)

逢璃「うん。丁度旭川と札幌に住んでたことあるよ。どっちも短かったけど」
慶吾「へー。んじゃラッキーだな俺たち。ガイド付きになったな」

 不敵に薄く笑む慶吾。その視線にどきりと心臓を跳ね上げる逢璃。

逢璃「おおお俺たち、とは?」
慶吾「修学旅行(シューリョ)中って基本的に班行動なんだよ。で、特段どっかのグループに入る予定ないなら、手っ取り早く俺たちの班に来いよっつーハナシ」

 なぁ、と慶吾が振り返った先に女子生徒二人。いずれも同じクラスかつ慶吾と同じ班メンバー。
 逢璃の後ろの空木(うつぎ)あやめ(薄く茶髪、ゆるふわカールのかかったロング、耳の下でふたつしばり)。
 慶吾の後ろの芦名(あしな)眞晴(まはる)(黒髪ストレート、ショートカット。三白眼でこじらせ系リーダー気質)。クラス副代表。

 芦名が手元資料のプリントから顔を上げて。
芦名「どーぞ、班長のご意向のままに」脱力的に。
空木「わたしも賛成ー。ウチらの班、二人くらい足りないしねぇ」ニコッと明るい表情。
芦名「よろしく、三好さん。ウチは芦名眞晴。慶吾みたく好きに呼んでくれていいよ」
空木「空木あやめでーす。教室だと端と端だから、初めましてになっちゃったねぇ」
逢璃「よっ、よろしくお願いしますっ」
逢璃(ていうか、ここでも慶吾くんが班長か。予想どおりというかなんというか)

 チラリと慶吾を見やると視線がかち合って。
慶吾「あと一人はこっち」自身の右隣を指す慶吾。
逢璃(お、奧にもうひとり居たとはっ)
 気配が薄くて気が付かなかったため、驚きながら慶吾の向こう側を覗く。

 慶吾の右隣の男子生徒、高畠(たかばたけ)一毅(かずき)(つるんとしたキノコカット、小太り、無口)。気配を薄くし、一人でいることを好んでいる。

高畠「……高畠です」
 とても小声。頬杖をついて『我関せず』な様子。

逢璃「よっ、よろしく、お願いします」
慶吾「自己紹介終わったことだし、あとでアンタの加入申請しときますわ」
逢璃「あは、ありがと……」苦笑いで。
逢璃(も、もしかしなくてもわたし、ハミダシ者ばっかり集まった班に入れられちゃったのでは……?)


○学年主任の説明終了後 班ごと会議時間
 逢璃ら三人が後ろを向き、長机ひとつを挟んで向かい合うかたち。

芦名「二日目の札幌市内自由行動予定だけど、せっかく札幌慣れしてる三好さんが入ったワケだし、立てた予定が現実的か見てもらわない?」
慶吾「だな。共有と把握も兼ねて」

 芦名からズリと寄せられる計画書。逢璃はそれを逆さ読みをしていたが、慶吾が敢えて逢璃へ向けるようにくるりと紙を回し直す。

芦名「午前一一時に大通公園からスタートなんだけど、そのあとは市内ならどこをまわってもオーケーってことになってるのね。行き先は各班ごとに決めるようになってるから、この班は手近に狸小路(たぬきこうじ)商店街を見まわろうかってハナシになったワケ」
逢璃「狸小路か……」
空木「三好さんのオススメの場所、ありますかぁ?」ニコッ
逢璃「お、オススメっていうか、なんというか……。狸小路は飲食店もアミューズメントもほんとにいろいろあるから、たしかにじっくり時間使って楽しめそうだなって、思いましたっ」
慶吾(感想文かよ)コソコソと小さく笑いをこらえる。
芦名「そっ。よかった。ウチとあやめはノルベサ方面に行くつもり。高畠は狸小路付近のカドショ巡りだっけ?」
高畠「まあ、レアカード探すくらいしか楽しみないんで」
逢璃(カドショって、カードショップのこと……?)
慶吾「ホントは班の中で散り散りになったらダメなんだけどな」小声で補足。
 そうなの?! とギョッとする逢璃。
芦名「大丈夫だって。生徒会長とクラス副代表を帯同してる班なんてここだけだし、買われてる信用レベルはカンストしてるでしょ」さも当然という様子で。
逢璃(そういう問題じゃないような……)
慶吾「役職にあぐらかいて『なんでもあり』にすんのが、そもそもその信用っつーのを失くすことンなるっつってんだよ。……まぁ、この議論はこの前カタつけたからもう掘り返すのやめとくけど」無表情の中にも怒気を混ぜた小声。

 シン、となるグループ内。気まずい雰囲気が立ち込める。逢璃は肩を縮めて萎縮しつつ、全員の顔色や態度を観察。
 困ったような笑顔の空木、その隣で静かな睨みを効かせている芦名。相変わらず我関せずの高畠は別の方向を見ている。慶吾は無感情的な真顔で沈黙を感じている様子。

逢璃(うう……困るなぁ、こういう雰囲気)
 チラリと慶吾を見て。
逢璃(慶吾くんも、なに考えてるのかわかんないし……)
 膝の上できゅ、と手を握る。
逢璃(どっちみち、誰だろうと他人(ひと)の気持ちなんてすぐわかんなくなる。ちょっと『こうかな?』と思っても途端に変わっちゃって、予想したって当たらない。誰かと気持ちが通じることなんて、小説とか漫画だけのハナシだから――)

 そっと口を開いて。
慶吾「芦名の言いてぇこともわかってんだけどよ、それ吹聴してまわってたら周りからズリーだのなんだのって冷やかしく言われちまうだろ?」小声。

 どことなく柔らかくなっている慶吾の声色。もう一度チラリと盗み見た横顔は、真顔の中にも声色と同じように柔らかさが戻っていた。

慶吾「だからまぁ、『それ』は大っぴらにしねぇでよ。しっかり表向きのコース決めといて、マジでそのコース行ったようにしとこーぜっつーハナシをしてぇの、俺は」
逢璃「だからさっきからずっとコソコソ話してたの?」小声。頭を寄せ合うように身を屈めて。
慶吾「そーだけど。なのに誰も全っ然汲み取んねーからさぁ。芦名は声でけぇのマジでなんとかしろよ」
芦名「んなっ! だっ、だったら初めからそー言えよっ」
空木「まあまあ眞晴ぅ、声抑えて」

 立ち上がる慶吾。顎を上向けるように慶吾を見上げる一同。

慶吾「班に三好さん(・・・・)追加すること言ってくる。アンタもコイツらみたく、行きてぇとこ目星つけとけな」
逢璃「う、うん……」

 その場を立ち去る慶吾。

 教師らの元へ歩いて行く背中を見ながら。
逢璃(名字呼びに戻っちゃった、のかな。やっぱり慶吾くんは理解しきれないかも)

 ややシュンとする逢璃に、「ねえねえねえっ」と被せるようにして明るく声をかけてくる芦名。

芦名「三好さんさぁ、正直慶吾のことどう思う?」コソコソ
逢璃「えっ? ど、どう、とは」
逢璃(ていうか芦名さん、普通にコソコソできるじゃん……)苦笑い
芦名「アイツ、あんな感じで無表情だしとっつきにくい感じ出してるけど、躯体(フォルム)はいいじゃん。特に(ツラ)
空木「んもー、お行儀悪いよ眞晴。顔ね。か、お」
芦名「ハイハイ、『お顔』『お顔』。とりあえず他人(ひと)って見た目で印象決まるじゃんか。ここ数日ずーっと一緒にいる三好さんは、あーいうヤツが近くにいてどう思うかって訊いてんのっ」

 ワクワクしたようなそわそわしたような雰囲気の芦名。圧倒され、仰け反り気味になる対面の逢璃。

逢璃「そ、そりゃ善意で、その、不慣れなわたしに親切にしてくれてるんだなって、思ってる、かな。か、感謝してる、っていうか、優しい? というか、なんというか」
逢璃(こんなに煮えきらない言葉尻になるのは、わたしが慶吾くんのことを全然読みきれてないからだ。こんなひと、正直初めて。いままでは、大概二日もあればどういうひとなのか見極められてきたのに)
芦名「まぁ、アイツはクラス代表だし、三好さんにべったりしてるのは期間限定なワケだけど。そういう世話焼きなところも懐柔ポイント突いてくるっつーかさぁ」
 腕組みをしてうんうんと頷きながら。
芦名「だから三好さん、アイツに『惚れちゃった』とか、ない?」

 ジロ、と見つめられたその目に敵意があることを覚る逢璃。
 芦名は腕組みをしたままの格好、顎を引いて下から睨むようなかたち。

 ソワッと背筋が寒くなるコマを小さく挟み、
逢璃「な、ない、かな」視線を逸らす。

芦名「マジ? あんなずーっと一緒にいて、なんとも想わなかった?」
逢璃「よ、よよよく、わかんない。あはは……」

逢璃(だって――)
 暗い背景に逢璃のモノローグ
逢璃(恋愛なんか、ちゃんとしたことない。だって『どうせすぐ転校するし』っていままで諦め続けてきたもん)
逢璃(だから、たとえば心か燃えるような。たとえば日常の些細などんなことも桃色に見えるような――そんな想いはしないようにしてきた。好きになったひとに忘れられちゃうことほど、ツラくて悲しみの深いことなんかないもん。そんなの、自分から味わいにいきたくなんかないよ……)

芦名「そっかーあ。じゃあ覚えといて」
 腕組みと睨む視線を解いて。
芦名「ウチ、自由行動のときにアイツに告ろうと思ってっから、協力してよね」

 ピシーン、と稲光が脳天に突き刺さったように。ただしポーカーフェイスは崩さない逢璃。
 小さく小さく「へ、へぇぇ……」と相槌。

芦名「だからこれの別行動提案してんだぁ。そのまま二人で札幌歩きたいし? クラス副代表やってんのもそういう理由だし? んふふっ」

 空木が横で「頑張ってぇ」と告げる様を眺めているのに、逢璃は周囲の声が遠のいていくように感じている。疎外感、否定的な感情、取り繕わねばという義務感。

芦名「あっ、帰ってきたっ。三好さんホントよろしくねっ。てか本人に内緒で!」コソコソ早口。この一言で現実に引き戻される逢璃。

 逢璃が返事をする間もなく、慶吾が自分の席の椅子を引く。

慶吾「コソコソできんじゃねーかよ、芦名よォ」
芦名「うっさいな。いろいろあんだよウチらも」

 着席しながら逢璃の顔を覗く。

慶吾「で、決まった?」

 反射的にギクリとする逢璃。
 慶吾のことを好意に想っている同性が間近にいるとわかるだけで意識してしまう。同調感覚で二割増で魅力的に見えるように。

逢璃「う、わ、わたし、芦名さんと空木さんを、ノルベサまで案内するかなーって」取り繕いの笑顔で。
芦名「三好さん、マジありがとーっ」
 『協力してくれて』『邪魔しないでくれて』『内緒にしてくれて』など芦名に都合のよい感謝の気持ちが乗っている。

慶吾「ふーん? アンタがそれでいいならいんじゃね? 俺もずーっと行きたかったとこ行ってくることにしたし」
 フイと視線が班の中心へ向く慶吾。
慶吾「んじゃまとめますわ。表向きにどこ行くことにするか一応決めとかなきゃなんねーから、サクッと決めんぞ」

逢璃(慶吾くんの、ずーっと行きたかったところ……か)ぼんやり。

慶吾「なぜそこに行くか、そこで何すんのか。この二点押さえときゃオーケー出るから」

逢璃(それを二人だけのときに、じっくり訊いてみたいって思っちゃってるのは、さっきの芦名さんの気持ちに影響されてる……のかな、わたし?)
 ドキドキと胸が詰まるような逢璃。隣にいる慶吾の話が耳に入ってこないままその時間が終わる。

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