ミオソティスとクローバー

○修学旅行出発風景  背景……バス、生徒たち

(逢璃モノローグ)
 来ました、北海道。
 始まりました、修学旅行!
(班ごとに並んでいる光景。慶吾を先頭に、芦名、空木、逢璃、高畠の順で縦列)

○バス席は出席番号順なので、モブの女の子と隣になる逢璃のコマ。

(逢璃モノローグ)
 久し振りの旭川は、思いのほか涼しくて

○集合写真で、たまたま慶吾の隣に並びかけたところ、しかし芦名に割り入られる逢璃。

(逢璃モノローグ)
 案の定広くて

○旭山動物園をどことなく孤独に見まわる逢璃(遠巻きに逢璃を見ている慶吾の視線)。

(逢璃モノローグ)
 やっぱり、草花の薫りが(かぐわ)しい場所でした。
 それで――

○宿泊施設内、女子部屋の一室。布団3✕2の計六枚が並ぶような和室。
 同室の女の子たちの輪にぎこちなく入り会話する逢璃。

逢璃(転校したての修学旅行、思ってたよりツラいかもっ……!)
 ニコニコしているものの滝のような汗をかくひとコマ。

逢璃「さささ三組の三好逢璃ですっ。先週転校してきました!」
別クラス女子3「三組ってことは会長と一緒じゃん」
別クラス女子1「えー、うらやまぁ。あたしも会長と同クラになって付き合いたーい」
別クラス女子2「ばーか、アンタ彼氏いるだろ。ないがしろにすんなし」

 ケラケラと湧く輪。貼り付いた笑顔の逢璃。

○ジャージ姿。自分の荷物をガサゴソしながら。
逢璃(接するたびにわかっちゃうんだよなぁ……よそよそしさの隙間から伝わってくる『仲間に入れてあげる? どうする?』みたいな慈悲の気持ち! それがなんともいたたまれない……!)
 ギュッと目を瞑り申し訳なさそうに。
逢璃(なんならいっそのこと単独(ボッチ)にしてくれたほうが……あ、けど、わざわざつっぱねるような気の強さも、善意を無碍(むげ)にするような冷酷非情さも、生まれてこのかた持ってないし……)

別クラス女子1「逢璃ちゃん、準備できた?」
別クラス女子4「お風呂混んじゃうからそろそろ行こー」
 貼り付いた笑顔で振り返りながら。
逢璃「は、はーいっ」

逢璃(逆に、この先卒業までの間、この()たちと『ベッタリ』になれるともかぎらないのに、あんまり仲良くしすぎてもよくないよね。クラスも違うし、選択授業だってきっと違うはずだし、接点なんて、もう……)

 部屋から大浴場へ移動する逢璃たち六人。最後列に一人でついて行く逢璃。

逢璃(そういえば。慶吾くんとひと言も会話してないな。金曜日の、あのオリエンテーションのときから)

 オリエンテーションの最後のあたりの、他人行儀な慶吾の横顔を思い出しながら。

回想の慶吾「俺もずーっと行きたかったとこ行ってくることにしたし」

逢璃「…………」
 頭を振る。
逢璃(いやいやいや。慶吾くんは、役割だから。居場所のないわたしに『善意で』付き添ってくれてるだけだったからっ)
 抱えたバスタオルや着替えの入った袋がひしゃげる。
逢璃(慶吾くんはクラス代表だし、生徒会長だし、お世話焼き性分で、それで――)
 ズキ、と胸が痛む逢璃。わずかに俯いて。
逢璃(――そしたらやっぱりわたし、ここでもまた独りなんだ)

 前を歩く五人との距離がものすごくあるような錯覚をする逢璃。崖の上で一人呆然となるような。

逢璃(だからって、特定の誰かの輪の中に入ってなんかいけない。結局すぐ忘れられちゃうもんね、ずっとそうだったでしょ。だから今更そんな勇気もきっかけも、たとえあったとしたって、もう……)

 進む足がいつの間にか止まっていて、本当に五人との距離ができている。

逢璃(ずっとずっとそういうの、怖く思ってるもん)

 不意に陰る視界(宿泊施設の廊下、カーペット敷きの床が見えている状態)。異変に気が付き顔を上げると、真顔の慶吾が無言で立っている。
 思わずビクゥッと身体を跳ね上げる逢璃。「ヒャアッ」と裏返る声。(その声に振り返る、前方の二人。逢璃をおいて行っていることに気が付く姿を描き入れる)

逢璃「けけけけけけ慶、慶吾、くん?」

 心臓バクバクの逢璃。いつもの無表情の慶吾。
 正面で対面する二人。

慶吾「床になんか見っけた?」
逢璃「……はぇ?」
慶吾「ぼーっと床見てっから」
逢璃「あ、いや別に、床を見つめていたわけでは」
慶吾「なんだ。みょうちくりんな模様でも描いてあんのかと思ったのに」

 床を見つめる二人。逢璃はちょっと(なんの時間なんだ?)と思っている。
 逢璃から「あの……」と口を開く。

逢璃「ど、どこか、行くところ?」目を合わせて
慶吾「いや? 風呂から帰ってきたとこ」

 言われて改めてジロジロと慶吾を観察する逢璃。
 小脇に抱えられた風呂セットに気が付く。
 慶吾のほのかに濡れた髪の毛と、シャンプーの匂いがわかって、途端に顔を赤くする逢璃。
逢璃(ヤバ……意識しちゃう)

慶吾「逢璃サンはこれから風呂?」
逢璃「そそそそそそそうっ。どど、同室のみんなで!」
慶吾「すんげー離れてっけど?」
 親指で自身の後方を指さす慶吾。

逢璃「わあっ?! い、いつの間に」
 ぎょっとするが、女子二人が駆けてきて、慶吾との会話を遠巻きに眺めていた姿に安堵する逢璃。
 プッと小さな笑いがこぼれる慶吾。(これには逢璃は気が付かない)

別クラス女子1「逢璃ちゃん、どうかした?」
逢璃「う、ううんなんでもないっ。ありがとう!」
別クラス女子2「話が途中なら先行ってようか?」
逢璃「あ、えと」

 チラリと慶吾を見やる逢璃。瞬間的に目が合って、慶吾に「行っていい」と合図される。
 首肯で足を前へ出したところで耳打ちのように囁かれる。

慶吾「風呂終わったらそこの自販機の前で集合。オケ?」
逢璃「へっ?!」

 指した方向は大浴場前の小さな待合いロビー。硬めの三人がけソファが背面併せで二個一組✕三セットある。

慶吾「都合悪かったらメッセ入れといて」
 ひらりと後ろ手に手を振る慶吾。部屋へ戻るため去っていく後ろ姿。

逢璃(役割、の、はず……だよね。慶吾くんが、わたしを気にしてくれるのは)
 目の前がキラキラしてくる。
逢璃(そうだよ、違うんだよ。慶吾くんは『役割で』わたしに優しくしてくれてるんだよ)

別クラス女子1「会長となんの話っ?」
別クラス女子2「ニヤニヤすんな、アホ。言わなくていいかんね、三好ちゃん。コイツただヤジウマしたいだけだから」

逢璃(なのに……なのにダメだ。芦名さんの話聞いてから、妙にそういう方向で意識しすぎて、わたし――)

逢璃「ななななにも特にっ、特になにも! ほんとうに!」
別クラス女子1「ええー、怪しー!」
別クラス女子2「コラ、やめろっ。三好ちゃん真っ赤だろ」

逢璃(――わたし、慶吾くんと一緒に『楽しい』って思いたい)

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