ミオソティスとクローバー
6
◯大浴場側の待合場
大浴場入口に背を向けて(四機の自販機を前にしている)ソファに腰かけている、風呂上がりの逢璃。普段はポニーテールの髪の毛を下ろした状態(胸の前まである)。
指折り数えながら。
逢璃(髪はばっちり乾かした。化粧水もちゃんと塗った。袋から着替えとかはみ出てない。大浴場に忘れ物もない。同室のみんなには「明日のことで班のみんなと相談があるから待ち合わせなの」って説明したし、大丈夫)
逢璃「あとは……」ボソリ
逢璃(慶吾くんが一人で来るのか、他に誰か一緒なのか、そもそもわざわざ呼び出して待ち合わせとかしちゃうなんてどんなお話なのかってことだけどっ!)
ギュッと目を瞑り顔を覆って頭を下げる。耳まで真っ赤。ド緊張中。
逢璃(ていうか、さっきのあれ)
ぼんやり思い出す、すれ違いざまに囁かれた廊下の一場面。
逢璃(耳元で囁いてくるなんてなんなの?! 付き合ってるわけでも好き同士でもないのにっ。反則すぎるっ。思わせぶりになっちゃうからあーいうのやめたほうがいいよって言っといたほうがいいよね。勘違いしちゃうもん、絶対)
身を起こしてプイッとそっぽを向く。
逢璃(……べ、別にわたしは勘違いしてないけど。ちゃんと、立場わきまえてるし、どーせ好きになったっ――)
その先に見えた、大浴場と客室をつなぐ通路。慶吾がこちらへ向かってくるところを目撃。
逢璃(きき、き、来たあああああ!)
逢璃「……って」
慶吾「どーも」
一歩一歩と近付いてくる慶吾へ訊ねる逢璃。
逢璃「ひ、ひとり?」
慶吾「まあ、俺一人っ子だしな」
逢璃「へ?」
キョトンとする二人。
ほどなくして後頭部をかく慶吾が気まずそうに。
慶吾「んー、わかりにくかったか。このボケは不発、と」
逢璃「ぼ、ボケ?」
慶吾「説明するとダレるから内緒ですわ。それより」
なんの気なしに逢璃の右隣に座ってくる慶吾。
慶吾「悪かったな、風呂の後に呼び出して。急かした?」
目線の高さが合うと、途端に毛穴やムダ毛まで見えてしまっているのではと思い込んで恥ずかしくなってしまう逢璃。
逢璃「う、ううん全然!」
フイと視線を下げて。
逢璃「みみ、みんなで普通に、入ってきたから、大丈夫っ」
慶吾「ならよかったっスわ。実はちょっと気にしてました」
逢璃「慶吾くんもそういうの気にするんだ?」
慶吾「あのな。俺、気遣いの鬼」
逢璃「自分で言うと説得性ないよ」クス
慶吾「るせー」
わずかに沈黙。
慶吾「……逢璃サンてさ」視線そらし
逢璃「えっ」
逢璃(いいいいつの間にか名前呼び復活してる!)
慶吾「髪、案外長ぇんだな」小声
逢璃「そ、そう?」ドキドキ
慶吾「顔上げてこっち見るまで、逢璃サンだってわかんなかった。ガッコだとその、括ってるだろ。だァら下ろしてると印象違ぇなって、思った、つか」
逢璃「そそ、そ、そーかも? まぁ、たしかに?」
ぎこちない空気になってしまい再び沈黙。
思い立ったように。
慶吾「あ、今日写真どんくらい撮った?」
逢璃「えー? どのくらいかなぁ。数えてないからなぁ。旭山動物園、撮るところいっぱいあったもんね」
慶吾「それもそーだけど、そっちじゃなくて」
ハテナで慶吾の顔を見る逢璃。
慶吾「あの写真」
わずかにヒソヒソ声。肩と肩が触れるほど慶吾から近付いている。
慶吾「逢璃サンの、特別大事にしてるやつ」
近さにドキドキして、ばくんと心臓が鳴って反射的に身をよじる。
そうしつつも慶吾の指すものに察しがついて。
逢璃(あ、空の写真のことかっ)顔真っ赤のまま。
慶吾につられてヒソヒソ声になる逢璃。
逢璃「さささ三〇枚くらい、だったかなっ」
慶吾「へー、案外撮ったな。スマホで?」
逢璃「う、ううん、デジタルの一眼レフ」
慶吾「マジかよ、すげーじゃん」目を丸くする。
落ち着いてくる逢璃。
逢璃「小さいのだけどね。小学校高学年の誕生日にお父さんにねだっちゃった」
慶吾「あれってピントとか自分で調節すんだろ?」
逢璃「そだよ。他にもISO値とかシャッター速度とかあってね、そういうのを被写体ごとに調整してるよ」得意気に。
慶吾「へぇ。なんか、難しそうでイイな。特別に選ばれたひとしか扱えねーモンみたいでよ」
逢璃「あ、けどちゃんとフルオート機能もあるから、昔より断然扱いやすいし、幅広いひとに使ってもらえるようになったって聞くよ」
慶吾「ふぅん? じゃあ俺が何を撮っても、今日の逢璃サンと同じよーに切り取れる?」
挑戦的なまなざし。
言葉に詰まる逢璃。(自分が独りでコツコツと地盤を作り上げてきた趣味であり生きがいである点からノーと言いたいが、慶吾との感覚共有を図りたい本音ではイエスと言ってみたいため)
それを見てクスと小さく笑った慶吾。(ドギマギしている逢璃が面白いと感じ笑っただけだが、逢璃にはすべてが見透かされているように感じた)数ミリ目が細まって、加えて数ミリ口角が上がったように。
慶吾「明日、逢璃サンの撮った写真見してよ」
逢璃「ええ? そ、空の?」
慶吾「空に限らず。逢璃サンが一番気に入ったのが見てぇな。あ、別に写真で張り合おうとかしてねーから安心しな」
足を組んでそこへ頬杖をつく慶吾。
慶吾「見えてる世界がどんななのかとか、俺と違う切り取り方してんのかなとか――」
慶吾の整った横顔に見惚れるように。
慶吾「――近くにいるヤツのそーゆーの、単純に気になるし」
逢璃がもっとも安心すると感じる慶吾の雰囲気。
逢璃(よかった)
ホウ、と肩の力が抜ける逢璃。
逢璃(わたしが知ってる慶吾くんだ)
逢璃「あ、のさ。そしたら明日、札幌の自由行動の前に――」
芦名「ごっめーん、慶吾。遅れた?」
パタパタと向かってくる足音と、芦名の呼びかける声で口をつぐむ逢璃。ギクリとしたように肩を震わせてから身を縮める。
逢璃(芦名さん……)
眼球だけで芦名を見る慶吾。(逢璃はこの顔に気が付かない)
逢璃(てことはやっぱり、始めから班のみんなで話し合うことがあったからここに呼ばれた、ってことか)
自販機の灯りで顔に陰影ができるコマ。
慶吾「いや? 丁度集まったとこ」
慶吾の前を通り、逢璃の左隣に静かに座る空木。逢璃にニコッと笑いかける(悪意ゼロ)。
自販機でペットボトルの飲み物を買う芦名。
ソファから立ち上がって、芦名の隣に立つ慶吾。
慶吾「高畠には昼間伝えたからアンタらだけ呼んだ。明日のことで最終打ち合わせしとかねーとと思ってよ」
真顔、ちょっと気だるげ。
ペットボトルのフタを開けてクピクピと飲みだす芦名。
慶吾「えーと。一一時に大通公園のテレビ塔前で自由行動開始になったら、狸小路までは班で移動しなきゃなんねーから。この時点だとまだセンセーの目もギラついてっし、浮かれて勝手に班外行動始めんなよ。特に芦名」
芦名「わっ、わかってるってば」
慶吾「で。大前提として、テレビ塔から狸小路まで地上ルートで目指すわけだが、土地勘ある三好さんに先導してもらってスムーズに移動する」
逢璃(やっぱり名字……ま、いいけど)
慶吾「最後尾は俺。後ろから着いてくるセンセーを警戒する。いいな」
空木「なんか、スパイ作戦みたいだね」ワクワクと楽しそうに。
慶吾「それは俺も思ってる」
真顔だがどことなく楽しそうな雰囲気が滲んでいる。
逢璃(なんだ、規律を破ることを全否定してるわけじゃないのって、慶吾くんも楽しみにしてるからか)クス
慶吾「狸小路入っちまえば、人混みのおかげで目眩ましができるだろーし、折を見てなんとなく紛れてさっさと散り散りになんぞ。いいか、あくまでも『人混みではぐれました』がベースだかんな?」
芦名「狸小路の人混みってそんなに紛れられるくらいなん?」
逢璃「平日でも観光客は多いかな、もちろん国内外問わず。あと、今時期ならわたしたちみたいに修学旅行生がたくさんだろうから、多分大丈夫だと思う」
空木「んんん、楽しそうっ! 追手から逃れる犯人みたいだねっ」
慶吾「俺ら犯人側かよ……」
空木「三好さん、明日は狸小路で隣歩いてもいい?」目キラキラ
空木は終始純粋に楽しんでいるが、この提案をするのは芦名と慶吾を近づけさせるためでもある。
逢璃「い、いいよっ。もちろん!」
空木のようなタイプの子は、逢璃としては好感高いので誘ってもらえて嬉しい。裏読みはできていない。
わーいやったー! の空木。
対面で静観の芦名。ペットボトルの中身をクピリとひと口飲んで、かすかにニヤリとする。(背景のようにさりげなく描く)
慶吾「最後に」
キャッキャをピタリとやめ、慶吾の声に顔を向け直す一同。
慶吾「一六時にテレビ塔前で集合だから、一五時半に市電の狸小路駅前で集合だからな」
芦名「三好さん、その『市電』って路面電車なんだっけ?」
逢璃「うん。狸小路周りの地上の大きい道路歩いてれば大概その線路埋まってるし、市電の停留所も結構目立つからわかりやすいと思うよ」
芦名「オッケ」目を伏せてペットボトルのフタを閉める。
慶吾「あとは、土産以外のモノはおおっぴらにぶら下げて歩くんじゃねーぞ。自分の鞄に収まる程度にしとけ」
空木「大丈夫だよ。カモフラージュ用にエコバッグとか無地の紙袋も持ってきたから」人差し指立ててニコッ。
溜め息で頭をかく慶吾。
慶吾「相変わらずちゃっかりしてやがんな、空木は」
ふらりとその場から離れながら。
慶吾「んじゃ解散。早ぇとこ戻んねーとセンセーどもにどやされる」
芦名「はーい」
逢璃(結局――)
空木「行こ、三好さん」
逢璃「あ、う、うん……」
逢璃(慶吾くんに話したいこと、二割も話せなかった気がする)
芦名、空木が前を行く。それに続く逢璃。
逢璃(明日は、芦名さんが慶吾くんと二人で行動するために、『その他』として立ちまわらなきゃいけないから、明日こそ慶吾くんと話す時間取れそうにないよね……)
寂し気な逢璃の目元。
逢璃(去り際に耳打ちしたらドキドキすることとか、印象代わったことわざわざ言ったりすることとか、肩と肩がぶつかるほど近いことがあるよとか――)
天井を見上ぐ。
逢璃(慶吾くんと、話したいときにたくさん話せたらいいのに)
大浴場入口に背を向けて(四機の自販機を前にしている)ソファに腰かけている、風呂上がりの逢璃。普段はポニーテールの髪の毛を下ろした状態(胸の前まである)。
指折り数えながら。
逢璃(髪はばっちり乾かした。化粧水もちゃんと塗った。袋から着替えとかはみ出てない。大浴場に忘れ物もない。同室のみんなには「明日のことで班のみんなと相談があるから待ち合わせなの」って説明したし、大丈夫)
逢璃「あとは……」ボソリ
逢璃(慶吾くんが一人で来るのか、他に誰か一緒なのか、そもそもわざわざ呼び出して待ち合わせとかしちゃうなんてどんなお話なのかってことだけどっ!)
ギュッと目を瞑り顔を覆って頭を下げる。耳まで真っ赤。ド緊張中。
逢璃(ていうか、さっきのあれ)
ぼんやり思い出す、すれ違いざまに囁かれた廊下の一場面。
逢璃(耳元で囁いてくるなんてなんなの?! 付き合ってるわけでも好き同士でもないのにっ。反則すぎるっ。思わせぶりになっちゃうからあーいうのやめたほうがいいよって言っといたほうがいいよね。勘違いしちゃうもん、絶対)
身を起こしてプイッとそっぽを向く。
逢璃(……べ、別にわたしは勘違いしてないけど。ちゃんと、立場わきまえてるし、どーせ好きになったっ――)
その先に見えた、大浴場と客室をつなぐ通路。慶吾がこちらへ向かってくるところを目撃。
逢璃(きき、き、来たあああああ!)
逢璃「……って」
慶吾「どーも」
一歩一歩と近付いてくる慶吾へ訊ねる逢璃。
逢璃「ひ、ひとり?」
慶吾「まあ、俺一人っ子だしな」
逢璃「へ?」
キョトンとする二人。
ほどなくして後頭部をかく慶吾が気まずそうに。
慶吾「んー、わかりにくかったか。このボケは不発、と」
逢璃「ぼ、ボケ?」
慶吾「説明するとダレるから内緒ですわ。それより」
なんの気なしに逢璃の右隣に座ってくる慶吾。
慶吾「悪かったな、風呂の後に呼び出して。急かした?」
目線の高さが合うと、途端に毛穴やムダ毛まで見えてしまっているのではと思い込んで恥ずかしくなってしまう逢璃。
逢璃「う、ううん全然!」
フイと視線を下げて。
逢璃「みみ、みんなで普通に、入ってきたから、大丈夫っ」
慶吾「ならよかったっスわ。実はちょっと気にしてました」
逢璃「慶吾くんもそういうの気にするんだ?」
慶吾「あのな。俺、気遣いの鬼」
逢璃「自分で言うと説得性ないよ」クス
慶吾「るせー」
わずかに沈黙。
慶吾「……逢璃サンてさ」視線そらし
逢璃「えっ」
逢璃(いいいいつの間にか名前呼び復活してる!)
慶吾「髪、案外長ぇんだな」小声
逢璃「そ、そう?」ドキドキ
慶吾「顔上げてこっち見るまで、逢璃サンだってわかんなかった。ガッコだとその、括ってるだろ。だァら下ろしてると印象違ぇなって、思った、つか」
逢璃「そそ、そ、そーかも? まぁ、たしかに?」
ぎこちない空気になってしまい再び沈黙。
思い立ったように。
慶吾「あ、今日写真どんくらい撮った?」
逢璃「えー? どのくらいかなぁ。数えてないからなぁ。旭山動物園、撮るところいっぱいあったもんね」
慶吾「それもそーだけど、そっちじゃなくて」
ハテナで慶吾の顔を見る逢璃。
慶吾「あの写真」
わずかにヒソヒソ声。肩と肩が触れるほど慶吾から近付いている。
慶吾「逢璃サンの、特別大事にしてるやつ」
近さにドキドキして、ばくんと心臓が鳴って反射的に身をよじる。
そうしつつも慶吾の指すものに察しがついて。
逢璃(あ、空の写真のことかっ)顔真っ赤のまま。
慶吾につられてヒソヒソ声になる逢璃。
逢璃「さささ三〇枚くらい、だったかなっ」
慶吾「へー、案外撮ったな。スマホで?」
逢璃「う、ううん、デジタルの一眼レフ」
慶吾「マジかよ、すげーじゃん」目を丸くする。
落ち着いてくる逢璃。
逢璃「小さいのだけどね。小学校高学年の誕生日にお父さんにねだっちゃった」
慶吾「あれってピントとか自分で調節すんだろ?」
逢璃「そだよ。他にもISO値とかシャッター速度とかあってね、そういうのを被写体ごとに調整してるよ」得意気に。
慶吾「へぇ。なんか、難しそうでイイな。特別に選ばれたひとしか扱えねーモンみたいでよ」
逢璃「あ、けどちゃんとフルオート機能もあるから、昔より断然扱いやすいし、幅広いひとに使ってもらえるようになったって聞くよ」
慶吾「ふぅん? じゃあ俺が何を撮っても、今日の逢璃サンと同じよーに切り取れる?」
挑戦的なまなざし。
言葉に詰まる逢璃。(自分が独りでコツコツと地盤を作り上げてきた趣味であり生きがいである点からノーと言いたいが、慶吾との感覚共有を図りたい本音ではイエスと言ってみたいため)
それを見てクスと小さく笑った慶吾。(ドギマギしている逢璃が面白いと感じ笑っただけだが、逢璃にはすべてが見透かされているように感じた)数ミリ目が細まって、加えて数ミリ口角が上がったように。
慶吾「明日、逢璃サンの撮った写真見してよ」
逢璃「ええ? そ、空の?」
慶吾「空に限らず。逢璃サンが一番気に入ったのが見てぇな。あ、別に写真で張り合おうとかしてねーから安心しな」
足を組んでそこへ頬杖をつく慶吾。
慶吾「見えてる世界がどんななのかとか、俺と違う切り取り方してんのかなとか――」
慶吾の整った横顔に見惚れるように。
慶吾「――近くにいるヤツのそーゆーの、単純に気になるし」
逢璃がもっとも安心すると感じる慶吾の雰囲気。
逢璃(よかった)
ホウ、と肩の力が抜ける逢璃。
逢璃(わたしが知ってる慶吾くんだ)
逢璃「あ、のさ。そしたら明日、札幌の自由行動の前に――」
芦名「ごっめーん、慶吾。遅れた?」
パタパタと向かってくる足音と、芦名の呼びかける声で口をつぐむ逢璃。ギクリとしたように肩を震わせてから身を縮める。
逢璃(芦名さん……)
眼球だけで芦名を見る慶吾。(逢璃はこの顔に気が付かない)
逢璃(てことはやっぱり、始めから班のみんなで話し合うことがあったからここに呼ばれた、ってことか)
自販機の灯りで顔に陰影ができるコマ。
慶吾「いや? 丁度集まったとこ」
慶吾の前を通り、逢璃の左隣に静かに座る空木。逢璃にニコッと笑いかける(悪意ゼロ)。
自販機でペットボトルの飲み物を買う芦名。
ソファから立ち上がって、芦名の隣に立つ慶吾。
慶吾「高畠には昼間伝えたからアンタらだけ呼んだ。明日のことで最終打ち合わせしとかねーとと思ってよ」
真顔、ちょっと気だるげ。
ペットボトルのフタを開けてクピクピと飲みだす芦名。
慶吾「えーと。一一時に大通公園のテレビ塔前で自由行動開始になったら、狸小路までは班で移動しなきゃなんねーから。この時点だとまだセンセーの目もギラついてっし、浮かれて勝手に班外行動始めんなよ。特に芦名」
芦名「わっ、わかってるってば」
慶吾「で。大前提として、テレビ塔から狸小路まで地上ルートで目指すわけだが、土地勘ある三好さんに先導してもらってスムーズに移動する」
逢璃(やっぱり名字……ま、いいけど)
慶吾「最後尾は俺。後ろから着いてくるセンセーを警戒する。いいな」
空木「なんか、スパイ作戦みたいだね」ワクワクと楽しそうに。
慶吾「それは俺も思ってる」
真顔だがどことなく楽しそうな雰囲気が滲んでいる。
逢璃(なんだ、規律を破ることを全否定してるわけじゃないのって、慶吾くんも楽しみにしてるからか)クス
慶吾「狸小路入っちまえば、人混みのおかげで目眩ましができるだろーし、折を見てなんとなく紛れてさっさと散り散りになんぞ。いいか、あくまでも『人混みではぐれました』がベースだかんな?」
芦名「狸小路の人混みってそんなに紛れられるくらいなん?」
逢璃「平日でも観光客は多いかな、もちろん国内外問わず。あと、今時期ならわたしたちみたいに修学旅行生がたくさんだろうから、多分大丈夫だと思う」
空木「んんん、楽しそうっ! 追手から逃れる犯人みたいだねっ」
慶吾「俺ら犯人側かよ……」
空木「三好さん、明日は狸小路で隣歩いてもいい?」目キラキラ
空木は終始純粋に楽しんでいるが、この提案をするのは芦名と慶吾を近づけさせるためでもある。
逢璃「い、いいよっ。もちろん!」
空木のようなタイプの子は、逢璃としては好感高いので誘ってもらえて嬉しい。裏読みはできていない。
わーいやったー! の空木。
対面で静観の芦名。ペットボトルの中身をクピリとひと口飲んで、かすかにニヤリとする。(背景のようにさりげなく描く)
慶吾「最後に」
キャッキャをピタリとやめ、慶吾の声に顔を向け直す一同。
慶吾「一六時にテレビ塔前で集合だから、一五時半に市電の狸小路駅前で集合だからな」
芦名「三好さん、その『市電』って路面電車なんだっけ?」
逢璃「うん。狸小路周りの地上の大きい道路歩いてれば大概その線路埋まってるし、市電の停留所も結構目立つからわかりやすいと思うよ」
芦名「オッケ」目を伏せてペットボトルのフタを閉める。
慶吾「あとは、土産以外のモノはおおっぴらにぶら下げて歩くんじゃねーぞ。自分の鞄に収まる程度にしとけ」
空木「大丈夫だよ。カモフラージュ用にエコバッグとか無地の紙袋も持ってきたから」人差し指立ててニコッ。
溜め息で頭をかく慶吾。
慶吾「相変わらずちゃっかりしてやがんな、空木は」
ふらりとその場から離れながら。
慶吾「んじゃ解散。早ぇとこ戻んねーとセンセーどもにどやされる」
芦名「はーい」
逢璃(結局――)
空木「行こ、三好さん」
逢璃「あ、う、うん……」
逢璃(慶吾くんに話したいこと、二割も話せなかった気がする)
芦名、空木が前を行く。それに続く逢璃。
逢璃(明日は、芦名さんが慶吾くんと二人で行動するために、『その他』として立ちまわらなきゃいけないから、明日こそ慶吾くんと話す時間取れそうにないよね……)
寂し気な逢璃の目元。
逢璃(去り際に耳打ちしたらドキドキすることとか、印象代わったことわざわざ言ったりすることとか、肩と肩がぶつかるほど近いことがあるよとか――)
天井を見上ぐ。
逢璃(慶吾くんと、話したいときにたくさん話せたらいいのに)