ミオソティスとクローバー
7
◯修学旅行二日目 昼間
旭川から札幌(大通テレビ塔前)へバス移動して来た逢璃たち修学旅行生。バスから降りたところ。
(逢璃モノローグ)
旭川からバスで移動すること約二時間。わたしたちは、ついに札幌へやってきました。
お昼どきの札幌は、平日でも予想どおり賑わっているみたいです。
大通公園の秋のグルメイベント『オータムフェスト(※全長約一kmの範囲に、北海道グルメ露店約三〇〇店舗が軒を連ね、秋空の下で味わうことができる)』も大盛況。
どうせなら、あの中でお昼を食べてから自由行動したいかも。
数年振りに目の前にしたテレビ塔は、案外小さく見えました。もしかしたら、引っ越し先でいろんなタワーを見てきたからとか、わたしの身長が伸びたからそう感じるだけとか?
(モノローグ終)
逢璃(とりあえず三組のところに行かなきゃ)
遠慮がちに、他クラス生徒らの合間を縫って進む。
逢璃(手っ取り早く、背の高い慶吾くんを目印にさせてもらお)
キョロキョロ。
逢璃(身長高いことを変に利用してごめんなさいっ)
頭ひとつ抜け出ている慶吾を発見。
逢璃(あ、いた)
班長である慶吾を先頭に、芦名、空木、高畠が既に並んでいたので、最後尾にそっと加わる逢璃。
慶吾と目が合い、逢璃が軽くニコッとすると、慶吾はそっと手を挙げて了承の合図を送る。ほどなくして先頭を向いてしまったので、「フー……」と長く息を吐いた。
逢璃(そういえば――)
目元のアップ。
逢璃(――結局慶吾くんは、どこに行くんだろう)
慶吾の後頭部をぼんやり見ながら。
逢璃(『ずっと行きたかったところがある』って言ってたよね。……もしかして観劇関係かなぁ。だから独りでまわる?)
秋空を見上げる。穏やかに雲が流れている。
逢璃(けど、そこにはきっと芦名さんと二人行くんだろうなぁ。芦名さん、やるって決めたら何がなんでもやりとおしそうだし)
そっと、首から下げていた一眼レフの電源を入れ、空へ向けて一枚パチリと撮る逢璃。
逢璃(ああいうひとには、わたしはどうしたって敵わない。気後れしちゃうし、横入りみたいになっちゃうのもイヤだし)
視線をファインダーから外す。
逢璃(そもそも、そんな度胸もないんだけど)
先生「――それでは解散にします! くどいようですが、一人ひとりが節度をもって行動してくださいっ」
はたと我に返る逢璃。
すると、くるりと高畠が振り返って、逢璃をジロと一瞥。反射的にギクリとする逢璃。一眼レフから手を離す(ぶらんと垂れ下がるカメラ)。
高畠「転校生さん」
逢璃「てっ。……は、はい」
逢璃(名字すら覚えられてない、か。うぅ……)
高畠「最初にコンビニ寄ってもらえます? 道中でいいんで」
逢璃「あ、う、うん」
ぎこちなくひきつった笑顔で。
慶吾が「移動すんぞー」とひと声かけて、それを合図に逢璃を先頭に歩き出す一行。
慶吾の後方三〇歩から一名の引率教員が着いてくる。
はじめの信号待ちにて。
逢璃の右隣にトコトコと駆け寄る空木。顔を合わすなり無邪気に「ニコッ」としてくる。その後ろを高畠、そして更に後ろに慶吾と芦名がいる。
空木「眞晴ね、これから誘うって。慶吾のことっ」
逢璃「そっ、そ、そーなんだ?」ぎくしゃく。目を逸らす。
信号が青になって渡りだす。
空木「てことでぇ。二人でどこ行く?」
逢璃「えっ、とォ……う、空木さんの行きたいところでいいよ」
空木「えー? そしたらぁ、ポップアップストア巡りしたいかもォー!」
高畠「その前に、こちらが先に注文したコンビニに寄っていただいてもいいでしょーか、まだ先生着いてきていますし全員で行かないといけない範囲なのでっ」
真後ろから棘のある言い方をしてくる高畠。
苦手そうに振り返って「は、はーい……」と返す空木。
逢璃「たた高畠くんっ、ほらっ、すぐそこコンビニあるよっ。ねっ!」
逢璃の指差す方向に、ビルインのコンビニ(カナモトホール一階のローソン)。
高畠「……はあ」
逢璃「ま、まぁ、予定してる狸小路は反対方向なんだけど、一番近いのってここだから。空木さんも、なんか飲み物買ったりする?」なんとなく取り繕ったような会話調子。
空木「そーだねぇ、じゃあ夜こっそり食べるお菓子でも買っとこーかなぁっ」取り繕ったような入り方だったが、ほぼ本心。
後ろから怪訝に声をかける慶吾。
慶吾「おい、なんで初手コンビニ?」
怒られるかもしれないとギクリとしながら、恐る恐る振り返る逢璃。
逢璃「わわわわたしたち、携帯する飲み物欲しくって。だから手始めにっ」
逢璃、「ねっ!」と空木と高畠に目配せ。
がくがくと頷く空木。
慶吾を振り返る高畠。
高畠「ジブンが急遽寄ってくれって頼んだことですし、ダメなら独りで行ってきますけども」
かばってくれた? と目を丸くする逢璃。
ややあってから「いんや?」と慶吾。
慶吾「飲み物くらい構わねーだろ。それに、俺たちちゃーんと班行動してっしな」
慶吾、先頭に進み出でてコンビニへ入店。なんとなく小走りで後を追う芦名と空木。
逢璃「あの、高畠くん」
高畠「は?」
逢璃「かばってくれて、ありがとうございました」
高畠「……別にそういうわけじゃないですけどね」
逢璃「そ、そう、ですか。あは……」
高畠「けど、まぁ……女子に名前覚えてもらってたり、お礼言ってもらえるのは、イベントレアリティが高いんで、悪い気はしないですけどね」
言い終えるなり、のしのしと入店する高畠。
逢璃(前髪でよく表情は見えなかったけど、高畠くんも、きっと本来は優しいひとなんだろうな)
◯コンビニを出て、狸小路アーケードに到着。
アーケード入口で立ち止まる逢璃、空木、高畠。高畠のみ少し離れている。
空木「本当に案外観光客いるねぇ! すれ違うひとみんな大きいスーツケース持ってる!」
逢璃「わたしが住んでたときにはなかったものが増えてる……! 知ってるのに知らないところって感じがしてる」
空木「この人混みに紛れて散り散りになるんだよねっ」コソコソ
逢璃「そ、そうですっ」コソコソ
逢璃(つまり、芦名さんが慶吾くんと二人だけでまわれるようにするために、わざとはぐれるワケだけど……)
ちらりと後方を見る。数メートル離れた人混みの隙間に、芦名と慶吾が何やら話をしている様子が見えた。
逢璃(慶吾くんが無表情なのと遠いのとで、結局二人がどんな状況なのか全っ然わかんない!)
空木「もしかして、気になる?」コソコソ
逢璃「えっ?!」飛び退くように。
空木「わたしは眞晴と中学からの仲だから、眞晴が何をどう考えてるのかわりとすんなりわかるけどぉ、三好さんも、もしかして慶吾のこと気になるんじゃないかなーって」
逢璃「い、いやいやいや、芦名さん上手くいったかなー? って気になるだけだよ……」
空木「ホントォー? んふ、まぁいいけどっ。ただ、先にひとつ謝っとくね」
裏表のない笑顔の空木をぽかんと見やる逢璃。
空木「眞晴が慶吾と上手くいったら、わたしは三好さんとまわるけど、もし眞晴が上手くいかなかったら、そのときはわたし、眞晴と二人だけでまわることにするつもりだから」
逢璃(つまり……班は一緒でもいいけど、空木さんと芦名さんのプライベートゾーンにわたしは入れてもらえない、ってこと……?)固まった笑顔で(瞳のハイライトが抜けたような感じ)。
逢璃「わ、わかってるよ、わかる。芦名さんのケアは、空木さんしかできないだろうし、わたしがいたら、芦名さんきっと落ち着かないもんね」
空木「あ、そうじゃなくて」
空木がブンブンと手を振って否定するのに対し、ハテナで首を傾ぐ逢璃。
空木「眞晴、他のひとに弱い顔見せたくないって感じだからね、もしダメだったときに三好さんのこと攻撃しそうでヤバいなーって。だから三好さんは、そのときは眞晴から逃げてほしいなって思っただけなの」
逢璃「空木さん……」
空木「ていうか正直なところ、あんまり勝算無いような気がしてるんだぁ」腰に手を当てて。
逢璃「え、ええっ? そ、そんなことは……」
空木「一番近くで見てるわたしが思うんだもん。だからここで眞晴を待ってるんだけどねぇ」
逢璃「あの、アドバイスとか、してあげた方がいいんじゃ……」
空木「いやいや、だって無駄なんだもーん。眞晴って中学のときから猪突猛進型だからぁ、たとえ周りにどうこう言われても、自分が信じた道をガンガン行っちゃうんだよねぇ」
困った困った、と空木。
空木「そういう眞晴を放っとけなくて、わたしが傍にいるワケなんですけどっ」くだけた笑い方。
逢璃「なんか二人、親友っぽいね」
空木「ふふっ、そう? けどねぇ、しっかりケンカもするんだよ。わたし、案外腹黒だからっ」
逢璃「ふふふっ! 本当の腹黒は自分から腹黒って言わないよ」
くすくすと楽しげな二人。なんの気なしに振り返ると、慶吾と芦名が揃って進んでくるのが見えた。
空木「ありゃ? 二人でこっち来るねぇ」
逢璃「う、うん……」
逢璃(芦名さん、告白したのかな? それとも二人でまわろうって誘っただけ? それが成功した? 失敗した? うう、二人とも表情がわかんなさすぎるよ……!)
近くまで来た慶吾がやや早口で。
慶吾「予想外だ。センセーすげぇ着いてくる」
わあ、と空木。
慶吾「とりあえずもう少し進むぞ。一毅、もうちょい付き合って」
呼ばれた高畠が小さく頷いて近付いてくる。
そのまま進みはじめる五人。
芦名 空木
慶吾 逢璃
高畠 の並びで進んでいる。
人混みの狸小路アーケード内は、固まって歩くものの時折人波にバラけさせられ、また集まって、を幾度も繰り返している。
チラチラと後方の引率教員を窺いながら進む慶吾。逢璃と肩が軽くぶつかるも、逢璃はその都度ドキドキとしている。
加えて、信号待ちで引率教員をまけないかと人混みに無理やり入るなどしてみるが、慶吾の一八〇近い背丈が目印になっているらしく、なかなか逃げられない。
交差点の歩行者信号が青に変わる。
前方にいた芦名や空木と距離が開く。
空木が軽く振り返るが、逢璃や慶吾とは視線が合わない。加えて向かってきた人に進路を遮られ、右横に避ける。
そのとき。
逢璃の左腕が誰かによって強く引っ張られ、足をもつれさせながら左方の人混みに戻された。
たまたま高畠とすれ違う。高畠は進行方向(MEGAドン・キホーテ方面)へずんずんと進むが、逢璃は誰かに引っ張られたまま来た道を戻ってしまっている。
逢璃「えっ?! ちょっと……」
青信号点滅。引率教員すら見失う。
突然走り出す先導者。腕が抜けないよう、慌ててみずからも走り出す逢璃。
先導者が『市電 狸小路駅』の屋根付き停留所の内側へ、逢璃と共に隠れるように逃げ込む。
横断歩道から死角になっているそこで、肩で息をする二人。横断歩道に背を向けつつ、横顔で通りの様子を窺い続ける先導者。
先導者「よし、やっといろいろまいた」
小声の独り言だが、明らかに逢璃にも聞こえるボリューム。
こちらを向かない先導者をそろりそろりと見上げる逢璃。
逢璃「けっ、慶吾くんっ?!」
旭川から札幌(大通テレビ塔前)へバス移動して来た逢璃たち修学旅行生。バスから降りたところ。
(逢璃モノローグ)
旭川からバスで移動すること約二時間。わたしたちは、ついに札幌へやってきました。
お昼どきの札幌は、平日でも予想どおり賑わっているみたいです。
大通公園の秋のグルメイベント『オータムフェスト(※全長約一kmの範囲に、北海道グルメ露店約三〇〇店舗が軒を連ね、秋空の下で味わうことができる)』も大盛況。
どうせなら、あの中でお昼を食べてから自由行動したいかも。
数年振りに目の前にしたテレビ塔は、案外小さく見えました。もしかしたら、引っ越し先でいろんなタワーを見てきたからとか、わたしの身長が伸びたからそう感じるだけとか?
(モノローグ終)
逢璃(とりあえず三組のところに行かなきゃ)
遠慮がちに、他クラス生徒らの合間を縫って進む。
逢璃(手っ取り早く、背の高い慶吾くんを目印にさせてもらお)
キョロキョロ。
逢璃(身長高いことを変に利用してごめんなさいっ)
頭ひとつ抜け出ている慶吾を発見。
逢璃(あ、いた)
班長である慶吾を先頭に、芦名、空木、高畠が既に並んでいたので、最後尾にそっと加わる逢璃。
慶吾と目が合い、逢璃が軽くニコッとすると、慶吾はそっと手を挙げて了承の合図を送る。ほどなくして先頭を向いてしまったので、「フー……」と長く息を吐いた。
逢璃(そういえば――)
目元のアップ。
逢璃(――結局慶吾くんは、どこに行くんだろう)
慶吾の後頭部をぼんやり見ながら。
逢璃(『ずっと行きたかったところがある』って言ってたよね。……もしかして観劇関係かなぁ。だから独りでまわる?)
秋空を見上げる。穏やかに雲が流れている。
逢璃(けど、そこにはきっと芦名さんと二人行くんだろうなぁ。芦名さん、やるって決めたら何がなんでもやりとおしそうだし)
そっと、首から下げていた一眼レフの電源を入れ、空へ向けて一枚パチリと撮る逢璃。
逢璃(ああいうひとには、わたしはどうしたって敵わない。気後れしちゃうし、横入りみたいになっちゃうのもイヤだし)
視線をファインダーから外す。
逢璃(そもそも、そんな度胸もないんだけど)
先生「――それでは解散にします! くどいようですが、一人ひとりが節度をもって行動してくださいっ」
はたと我に返る逢璃。
すると、くるりと高畠が振り返って、逢璃をジロと一瞥。反射的にギクリとする逢璃。一眼レフから手を離す(ぶらんと垂れ下がるカメラ)。
高畠「転校生さん」
逢璃「てっ。……は、はい」
逢璃(名字すら覚えられてない、か。うぅ……)
高畠「最初にコンビニ寄ってもらえます? 道中でいいんで」
逢璃「あ、う、うん」
ぎこちなくひきつった笑顔で。
慶吾が「移動すんぞー」とひと声かけて、それを合図に逢璃を先頭に歩き出す一行。
慶吾の後方三〇歩から一名の引率教員が着いてくる。
はじめの信号待ちにて。
逢璃の右隣にトコトコと駆け寄る空木。顔を合わすなり無邪気に「ニコッ」としてくる。その後ろを高畠、そして更に後ろに慶吾と芦名がいる。
空木「眞晴ね、これから誘うって。慶吾のことっ」
逢璃「そっ、そ、そーなんだ?」ぎくしゃく。目を逸らす。
信号が青になって渡りだす。
空木「てことでぇ。二人でどこ行く?」
逢璃「えっ、とォ……う、空木さんの行きたいところでいいよ」
空木「えー? そしたらぁ、ポップアップストア巡りしたいかもォー!」
高畠「その前に、こちらが先に注文したコンビニに寄っていただいてもいいでしょーか、まだ先生着いてきていますし全員で行かないといけない範囲なのでっ」
真後ろから棘のある言い方をしてくる高畠。
苦手そうに振り返って「は、はーい……」と返す空木。
逢璃「たた高畠くんっ、ほらっ、すぐそこコンビニあるよっ。ねっ!」
逢璃の指差す方向に、ビルインのコンビニ(カナモトホール一階のローソン)。
高畠「……はあ」
逢璃「ま、まぁ、予定してる狸小路は反対方向なんだけど、一番近いのってここだから。空木さんも、なんか飲み物買ったりする?」なんとなく取り繕ったような会話調子。
空木「そーだねぇ、じゃあ夜こっそり食べるお菓子でも買っとこーかなぁっ」取り繕ったような入り方だったが、ほぼ本心。
後ろから怪訝に声をかける慶吾。
慶吾「おい、なんで初手コンビニ?」
怒られるかもしれないとギクリとしながら、恐る恐る振り返る逢璃。
逢璃「わわわわたしたち、携帯する飲み物欲しくって。だから手始めにっ」
逢璃、「ねっ!」と空木と高畠に目配せ。
がくがくと頷く空木。
慶吾を振り返る高畠。
高畠「ジブンが急遽寄ってくれって頼んだことですし、ダメなら独りで行ってきますけども」
かばってくれた? と目を丸くする逢璃。
ややあってから「いんや?」と慶吾。
慶吾「飲み物くらい構わねーだろ。それに、俺たちちゃーんと班行動してっしな」
慶吾、先頭に進み出でてコンビニへ入店。なんとなく小走りで後を追う芦名と空木。
逢璃「あの、高畠くん」
高畠「は?」
逢璃「かばってくれて、ありがとうございました」
高畠「……別にそういうわけじゃないですけどね」
逢璃「そ、そう、ですか。あは……」
高畠「けど、まぁ……女子に名前覚えてもらってたり、お礼言ってもらえるのは、イベントレアリティが高いんで、悪い気はしないですけどね」
言い終えるなり、のしのしと入店する高畠。
逢璃(前髪でよく表情は見えなかったけど、高畠くんも、きっと本来は優しいひとなんだろうな)
◯コンビニを出て、狸小路アーケードに到着。
アーケード入口で立ち止まる逢璃、空木、高畠。高畠のみ少し離れている。
空木「本当に案外観光客いるねぇ! すれ違うひとみんな大きいスーツケース持ってる!」
逢璃「わたしが住んでたときにはなかったものが増えてる……! 知ってるのに知らないところって感じがしてる」
空木「この人混みに紛れて散り散りになるんだよねっ」コソコソ
逢璃「そ、そうですっ」コソコソ
逢璃(つまり、芦名さんが慶吾くんと二人だけでまわれるようにするために、わざとはぐれるワケだけど……)
ちらりと後方を見る。数メートル離れた人混みの隙間に、芦名と慶吾が何やら話をしている様子が見えた。
逢璃(慶吾くんが無表情なのと遠いのとで、結局二人がどんな状況なのか全っ然わかんない!)
空木「もしかして、気になる?」コソコソ
逢璃「えっ?!」飛び退くように。
空木「わたしは眞晴と中学からの仲だから、眞晴が何をどう考えてるのかわりとすんなりわかるけどぉ、三好さんも、もしかして慶吾のこと気になるんじゃないかなーって」
逢璃「い、いやいやいや、芦名さん上手くいったかなー? って気になるだけだよ……」
空木「ホントォー? んふ、まぁいいけどっ。ただ、先にひとつ謝っとくね」
裏表のない笑顔の空木をぽかんと見やる逢璃。
空木「眞晴が慶吾と上手くいったら、わたしは三好さんとまわるけど、もし眞晴が上手くいかなかったら、そのときはわたし、眞晴と二人だけでまわることにするつもりだから」
逢璃(つまり……班は一緒でもいいけど、空木さんと芦名さんのプライベートゾーンにわたしは入れてもらえない、ってこと……?)固まった笑顔で(瞳のハイライトが抜けたような感じ)。
逢璃「わ、わかってるよ、わかる。芦名さんのケアは、空木さんしかできないだろうし、わたしがいたら、芦名さんきっと落ち着かないもんね」
空木「あ、そうじゃなくて」
空木がブンブンと手を振って否定するのに対し、ハテナで首を傾ぐ逢璃。
空木「眞晴、他のひとに弱い顔見せたくないって感じだからね、もしダメだったときに三好さんのこと攻撃しそうでヤバいなーって。だから三好さんは、そのときは眞晴から逃げてほしいなって思っただけなの」
逢璃「空木さん……」
空木「ていうか正直なところ、あんまり勝算無いような気がしてるんだぁ」腰に手を当てて。
逢璃「え、ええっ? そ、そんなことは……」
空木「一番近くで見てるわたしが思うんだもん。だからここで眞晴を待ってるんだけどねぇ」
逢璃「あの、アドバイスとか、してあげた方がいいんじゃ……」
空木「いやいや、だって無駄なんだもーん。眞晴って中学のときから猪突猛進型だからぁ、たとえ周りにどうこう言われても、自分が信じた道をガンガン行っちゃうんだよねぇ」
困った困った、と空木。
空木「そういう眞晴を放っとけなくて、わたしが傍にいるワケなんですけどっ」くだけた笑い方。
逢璃「なんか二人、親友っぽいね」
空木「ふふっ、そう? けどねぇ、しっかりケンカもするんだよ。わたし、案外腹黒だからっ」
逢璃「ふふふっ! 本当の腹黒は自分から腹黒って言わないよ」
くすくすと楽しげな二人。なんの気なしに振り返ると、慶吾と芦名が揃って進んでくるのが見えた。
空木「ありゃ? 二人でこっち来るねぇ」
逢璃「う、うん……」
逢璃(芦名さん、告白したのかな? それとも二人でまわろうって誘っただけ? それが成功した? 失敗した? うう、二人とも表情がわかんなさすぎるよ……!)
近くまで来た慶吾がやや早口で。
慶吾「予想外だ。センセーすげぇ着いてくる」
わあ、と空木。
慶吾「とりあえずもう少し進むぞ。一毅、もうちょい付き合って」
呼ばれた高畠が小さく頷いて近付いてくる。
そのまま進みはじめる五人。
芦名 空木
慶吾 逢璃
高畠 の並びで進んでいる。
人混みの狸小路アーケード内は、固まって歩くものの時折人波にバラけさせられ、また集まって、を幾度も繰り返している。
チラチラと後方の引率教員を窺いながら進む慶吾。逢璃と肩が軽くぶつかるも、逢璃はその都度ドキドキとしている。
加えて、信号待ちで引率教員をまけないかと人混みに無理やり入るなどしてみるが、慶吾の一八〇近い背丈が目印になっているらしく、なかなか逃げられない。
交差点の歩行者信号が青に変わる。
前方にいた芦名や空木と距離が開く。
空木が軽く振り返るが、逢璃や慶吾とは視線が合わない。加えて向かってきた人に進路を遮られ、右横に避ける。
そのとき。
逢璃の左腕が誰かによって強く引っ張られ、足をもつれさせながら左方の人混みに戻された。
たまたま高畠とすれ違う。高畠は進行方向(MEGAドン・キホーテ方面)へずんずんと進むが、逢璃は誰かに引っ張られたまま来た道を戻ってしまっている。
逢璃「えっ?! ちょっと……」
青信号点滅。引率教員すら見失う。
突然走り出す先導者。腕が抜けないよう、慌ててみずからも走り出す逢璃。
先導者が『市電 狸小路駅』の屋根付き停留所の内側へ、逢璃と共に隠れるように逃げ込む。
横断歩道から死角になっているそこで、肩で息をする二人。横断歩道に背を向けつつ、横顔で通りの様子を窺い続ける先導者。
先導者「よし、やっといろいろまいた」
小声の独り言だが、明らかに逢璃にも聞こえるボリューム。
こちらを向かない先導者をそろりそろりと見上げる逢璃。
逢璃「けっ、慶吾くんっ?!」