ミオソティスとクローバー

 慶吾に連れられ逃げ込むように隠れた、市電狸小路駅停留所。その目の前の真新しい商業ビルに連れ立って駆け込んだ二人。


◯商業ビルmoyuk(モユク) SAPPORO(サッポロ)
 一階から二階への上りエスカレーターで、逢璃が前、慶吾が後ろの位置。(慶吾が逢璃に進路を譲ったため)

慶吾「さすがのアンタもこのビルのことは知らなかったろ」
 スンとした表情のなかにも自慢気な雰囲気で。

逢璃「知らなかった。できたばっかりみたいだね?」
 周囲をキョロキョロする逢璃。

逢璃「ていうかそれよりっ」
 眉をハの字に下げて、後ろの慶吾を向き直る。
逢璃「あのタイミングで散り散りになって本当に大丈夫だったの? 結構な不意打ちだったけど?」
慶吾「まぁ、多分」
逢璃「『多分』って、あのね」
慶吾「私立探偵やってる俺の父親が言ってたんだけど――」

 話の切り口がわからない逢璃。頭にハテナ。

慶吾「――青信号で動き出すタイミングって、尾行対象を見失う確率が一番高ぇんだって」
逢璃「……はぁ」
慶吾「しかもさっき結構な人混みだったじゃん。だァら尚更好都合だったんだよ、あのタイミングが」

 ハテナを浮かべながらエスカレーターを降り、慶吾に促されるまま次のエスカレーターへU字移動。

慶吾「つーことで。あとは上手く『はぐれた』ことになってりゃいいかーって感じだろ。これで無事当初の予定どおりっスわ」

 そんなんでいいのかな、な逢璃。モヤモヤの顔。

逢璃「そ、それもそうかもだけど」
 おずおずと切り出す逢璃。
逢璃「そもそも、引っ張る相手間違えちゃったんじゃないの?」
慶吾「は?」
 キョトンの慶吾。

逢璃「だだ、だってホントは、わたしじゃなくて、その……芦名さんの腕引っ張ってくつもり、だったでしょ?」
慶吾「…………」

 沈黙に耐えかねて、くるりと慶吾に背を向ける。

逢璃(どうせモヤモヤするなら、傷が浅いうちにはっきり訊いちゃえばいいんだもん)

 目をぎゅっと瞑る。

逢璃(昨日から慶吾くんは芦名さんと二人で話してたのに、ゴタゴタの中で間違ってわたしを引っ張っちゃったから、計画ぐちゃぐちゃになってるかもしんないもん。さっき空木さんは『芦名さんに勝算がない』とか言ってたけど、そんなの当人同士しか結局わかんないことだし、鵜呑みにするのは――)

慶吾「別に間違えてねーけど」

 えっ? と目を見開き顔を上げる(まだ振り返らない)。

慶吾「ちゃんとわかって、逢璃サンと抜けてきた」

 ばくん、とする逢璃。慶吾の一言に撃ち抜かれたように。

 振り返ろうとするも、エスカレーターが三階に到着。
 エスカレーターを降りて、なんの気なしに端に避ける。慶吾もそれに続く。

 向かい合う二人。
 慶吾が逢璃を見下ろすようにして。

逢璃「どど、ど、どうしてその、わたし」
慶吾「迷惑でした?」
逢璃「えっ」
慶吾「アンタがアイツらとまわるの心から望んでたんなら、なんの確認もとらねーでここまで引き連れてきたこと謝るけど」
逢璃「えと、あのわたしはっ」
慶吾「っつってもな。こんなふうに言われちゃ答えにきーよな。ワリィ」

 ふぅ、とひと呼吸おく慶吾。
 小さく首を振る逢璃。(だが慶吾は視線を逸らしていて見ていない)

慶吾「なんでって訊かれると……まぁ、ぶっちゃけ返答に困るけど」
 右手で右側頭部を二、三掻く慶吾。
慶吾「『アンタすら知らない場所』に行ってみたかった、ってのが、理由のひとつ……ですかね」

 かあっと顔を染める逢璃。

慶吾「札幌も旭川も、俺たちのほとんどは知らねー土地だけど、逢璃サンにとっちゃ何年間か住んでたっつー馴染みの土地だろ? けど、知らねーうちに観光地って増えたり減ったりすんじゃん。そういう、アンタはすら知らねーってとこに、なんも知らねー俺も一緒に行きたかったんだよ」いまだ目は合わず。

逢璃(それ、わたしもさっき狸小路に入る前に思ったことだ)きゅん

逢璃「つま、つまり、その……」

逢璃(はじめから、慶吾くんはわたしと一緒に自由行動まわりたいって、考えてくれてたの?)

慶吾「つーか」
 乱暴に空気を斬る。
慶吾「アンタは自由行動で独りンなったら、最悪戻ってこねーかもって思ったんだっ」
逢璃「んなっ」ムカ
慶吾「もし札幌の昔馴染みと会ったまま時間忘れて集合場所に戻んなかったら、全部俺の責任になるしなっ。そーなったら、内申とかいままで積み上げてきたいろーんなモンに響くだろーが」耳赤い。照れている。逢璃の方は見られない。

 慶吾が照れているとは思わなかった逢璃はムキになって。

逢璃「わ、わたしそんな不安定なことしな――」
慶吾「――ハイ、終了ッ」

 パンッと手を叩く慶吾。目を丸くする逢璃。
 むぅ、と膨れる逢璃だが、見合ううちに互いに頬が赤くなっていることに気付いていき、慶吾の咳払いを合図に同時に視線が逸れる。

慶吾「あの。そろそろ行ってみねぇ?」
 慶吾の人差し指がピッと上を向く。
慶吾「この上。何あるのか知らねーだろ?」

 口を尖らせたままの逢璃。照れつつ恐縮しつつの気持ち。

逢璃「まぁ……」

 ふ、と口の端が緩む双方。

逢璃「慶吾くんの『ずーっと行きたかったとこ』だって言うなら、わたしも行ってみたい」



◯商業ビルmoyuk(モユク) SAPPORO(サッポロ) 四階


 コンクリートままの壁、梁や配線がむき出しの高い天井、落ち着きのある空間演出。老若男女様々な賑わいもこころなしか落ち着いて見える。
 フロア奥にある土産物店のラインナップを見て水族館と認識した逢璃。


(逢璃モノローグ)

 エスカレーターで上がった先は、まさかの施設でした。

(逢璃モノローグ終)


逢璃「待って、ウソッ。ここ水族館?!」
 目をキラキラさせて慶吾の左袖を引く。
逢璃「ねぇあれじゃん、都市型水族館ってやつ!」

 噴き出し笑いをこらえる慶吾。

慶吾「テンション高……」
逢璃「だって! 札幌で水族館って言ったら新さっぽろのサンピアザだったし、あとはもう小樽に行くしかないなーって認識だったからさぁ!」
慶吾「逢璃サンてそんなふうにアガるんスね」うーっすらと優しい笑み。

 券売機(タッチパネル操作)でそれぞれチケットを買う二人。
 発券されたQRコードを改札で読み取って入館となる近代的なシステムに、かなり感激する逢璃。

 四階展示ブースへ移動しながら。
逢璃「すごくない? すごくない?! こんなとこよく知ってたね慶吾くん!」
慶吾「ずっと札幌じゅう調べてたからな。それこそ逢璃サンが転校してくる前から」
逢璃「そっか。けど慶吾くんのことだから、ずっと行きたかったところって観劇関係かと思ってたよ」
慶吾「そりゃ俺だって、札幌で自由行動っつーからには『劇団四季』って思ったけど、いつの間にか札幌から撤退しちまってたし」

 角を曲がる二人。

慶吾「はぁ……マジ観たかった。親族誰も行ったことなかったし、尚更」
逢璃(家族大好きだよなぁ、慶吾くん)

 慶吾の右横顔を見上げる逢璃。

慶吾「で、落ち込んでてもしゃーねーから、俺らの班が狸小路って決まってたこともあったし、狸小路周辺の新しいとこ行くしかねーなぁってな」
逢璃「班のみんなには教えなかったの? ここのこと」
慶吾「教えてねえ。マジで独りで行く気満々だった」

 壁にかかる大きな水族館ロゴの前で立ち止まる慶吾。

慶吾「けど、逢璃サンが転校してきて、世話役担うことンなって、誰かが楽しそうにしてる顔見るのむっちゃいいなって気付いて、ちょっと考え変わった」

慶吾「打ち解けるのに苦労してるアンタが本気で楽しそうにしてる顔見るために、一緒にココまわるのもいいな、っつーか」
逢璃(慶吾くん……)

 くるりと逢璃を向く。

慶吾「なぁ、写真」
逢璃「あっ、うん、撮ってあげる」
 わたわたと首に下げている小さな白い一眼レフの電源を入れながら。

 しかし慶吾に遮られる。
慶吾「じゃなくて」
 その右手にはスマートフォン。

慶吾「俺が撮んの」
逢璃「えっ」
慶吾「昨日から集合写真にしか映ってねーだろ、アンタ。自由行動なんか自分たちでしか撮んねーんだし、ちゃんと『楽しんだ証拠』残そうぜ」

逢璃(楽しんだ証拠、かぁ)

 ハッとする。
逢璃「じゃ、じゃあ一緒にっ、映って!」
 ちょっと恥ずかしそうに、しかし思いつきの発言。

 水族館ロゴを背に慶吾の左隣にそそくさと寄る逢璃。

逢璃「自、自撮りっ、すれば、お得っ! けけ慶吾くんの腕、長いし!」
慶吾「グフッ!」噴き出し笑い。

 その顔は見せずに隠しながら俯く慶吾。笑われていることに顔を更に赤くする逢璃。

慶吾「水族館なのに昨日のテナガザルみてぇに言われるとか……プクククク……」
逢璃「そおっ、そんなこと言ってないっ! も、もう、笑わないでよ……」
慶吾「俺の笑顔、結構貴重なんだけど?」頬に残る笑み。

 慶吾の自撮りで、水族館ロゴを背景に写真を撮る二人。(出来上がり写真の画角)

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