移動初日の歓迎会で記憶を失い朝目が覚めたら女嫌いで有名な先輩が隣で寝ていました
 魔法薬庫をあとにしたユリスは、リリィを連れて無言で突き進み人気のない廊下で突然立ち止まった。

「ユリスさん……?」

 リリィが静かに声をかけると、ユリスは突然リリィを抱きしめた。その力はあまりにも強く、リリィは苦しくなってうめいてしまう。

「ユ、リスさん……」
「よかった、リリィが無事で、本当によかった」

 強く強く抱きしめるユリスにリリィは何も言えず、ただ苦しさでうめくばかりだ。ユリスはすぐに手を緩め、リリィの両肩を掴んで顔を覗き込んだ。

「魔法騎士団の団員に俺たちの紹介をされた時、明らかにリリィの様子がおかしかったから嫌な予感がしたんだ。いつの間にかリリィがいなくなって、団員たちに聞いたらリゲルって男がリリィに仕事を頼んだって聞いたから急いで駆けつけたんだよ。そしたらあんなことになってて……変なことされなかった?」

 苦しそうな表情でユリスが尋ねてくる。

「ユリスさんが来てくれたから大丈夫でした」

 その時のことを思い出してまた恐怖が蘇ったのか、リリィの両手は震えている。その両手をユリスは掴んで、はぁーっと大きなため息をつきリリィをじっと見つめる。その目は明らかに怒りを含んでいた。

「リリィ、どうしてあんな男にホイホイついていったの。どう考えてもダメだろ。何をされるかわかんないんだ、それなのに」
「……仕事を頼まれたんです、それに最初は違う人に頼まれて、魔法薬庫の在庫がないから確認して補充してほしいって言われたんです。それで魔法薬庫に行ったらあの人が来て……」

 リリィは苦しげに弁明するがユリスは怒った表情のままだ。

「たとえ仕事を頼まれたとしても、一度俺に知らせてほしい。あんな男がいる場所でいつ何が起こるかわからないんだから。現にこうなっただろ」

 ぎゅっとリリィの手を掴むユリスの力は強く、痛いくらいだ。

「……ごめんなさい」

 しゅんとして謝るリリィを、またユリスは抱きしめた。今度は苦しくなるほどではないが、それでもやはり力は強い。

(あいつがリリィに触れたと思うと本当に嫌だ。ムカつく。誰にもリリィに触れてほしくないのに、よりにもよってあんな男が……)

「今後、どんな行動も俺と一緒にすること。これは先輩としての命令だから」
「わ、わかりました」

 その日、ユリスはどんな業務を任されてもリリィのそばを一時も離れなかった。そしてそんな様子をリゲルが忌々しそうな目つきで追っていた。


 

 魔法騎士団の応援に来てから一日が終わり、リリィは騎士団本部の宿舎の一室で一息ついていた。ユリスとは部屋が別だが、ユリスの部屋はすぐ隣で何かあればすぐに駆けつけると言っていたので安心だろう。

 明日は実際に東の大森林へ魔物討伐のために足を運ぶ予定だ。リリィは魔力も人並みで実戦向きではなく回復部隊などの後衛に回されるはずだったが、ユリスの鶴の一声でユリスと共に前衛に赴くことになった。ユリスは特級魔法士ということを業務上隠しているが、上級魔法が使える数少ない魔法士ということは魔法省内に知れ渡っているのでユリスの発言力はかなり強い。

(ユリスさん、結構過保護なのかもしれない。そもそもは私がちゃんとユリスさんに言わずにリゲルとあんな風になってしまったせいなんだろうけど)

 ふうっとため息をついてからベッドに倒れ込む。まだたった一日なのに色々ありすぎて本当に疲れた。しかもリゲルがいるなんてやっぱり心がどんよりと曇ってしまう。ユリスがいることによって安心ではあるが、ユリスの怒る様子を見てそれはそれでなんだか息苦しく申し訳なく感じてしまうのだ。

(明日、無事に討伐が終わるといいな……)

 疲れきった体と頭のおかげなのか、リリィはそのまま眠りについた。

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