移動初日の歓迎会で記憶を失い朝目が覚めたら女嫌いで有名な先輩が隣で寝ていました
 リリィはユリスと一緒に研究棟を出て寮へ向かっていた。研究棟から寮へは歩いて行ける距離で移動魔法を使うほどのものではない。
 特にこれと言って会話することもなく、無言のまま寮につきそれぞれ自室の前に着いた。リリィの隣の部屋がユリスの部屋であり、ユリスはリリィが魔法で部屋の鍵を開けるのを見届けている。

「どうも、お疲れ様でした」
「うん、また明日」

 そう挨拶をしてリリィが部屋の扉を開け中に入ろうとして、すぐに足が止まった。リリィの様子に隣のドアの前で鍵を開けようとしたユリスが疑問に思い声をかける。

「どうした?」
「あ、あの、部屋が……」

 リリィの怯えたような声と表情を見て、ユリスはすぐにリリィのそばに駆けつけドアを開けた。するとそこには部屋の中が見るも無惨に散乱している光景があった。何かを物色したように物があちこちにばら撒かれ、棚なども倒されている。

「これは……」
「どう、して……鍵を、ちゃんと、かけていたのに」

 怯えながら呟き後退りをするリリィの背中に手を回し、ユリスはリリィをしっかりと支えた。

「警備課に連絡を。その前にあんたは俺の部屋に来い。犯人がまだ近くにいるかもしれない。っと、まずは現状維持だな」

 そう言ってユリスは片手を部屋の前にかざした。

時間停止(クロスエノポーケ)

 ユリスの詠唱と共にリリィの部屋全体が透明な膜に覆われ、リリィの部屋の時間だけが止まった。

「よし、とりあえず俺の部屋にいこう」



 ユリスの部屋に入ってからユリスはすぐに警備課に連絡をし、その後念のため部門長のエデンにも連絡を入れた。その間、リリィはずっと怯えた様子でガタガタと震えている。

(あんな光景を見たんじゃ、平静でいられるわけがないか)

 各所に連絡を終えたユリスは、椅子に座らせておいたリリィの目の前にカップを差し出した。

「ハーブティーだ。落ち着く」

 湯気の出ているカップを受け取ると、リリィはその香りにホウッとため息をつく。

(いい匂い……)

 リリィがハーブティーを飲んで少し落ち着いたのを見計い、ユリスは声をかけた。

「あんた、犯人に心当たりは?」

 ユリスの質問にリリィは首を横に振る。カップを持つ手がまだかすかに震えているのを見て、ユリスの顔は厳しくなった。顎に手を当てて少し悩むような仕草を見せてからユリスは言った。

「とりあえず今日は俺の部屋に泊まるといいよ。明日以降のことはまだわかんないけど、明日以降も行くあてがなかったらここにいればいい」
「……はいっ?」

 ユリスの提案にリリィは思わず素っ頓狂な声を上げる。リリィはまじまじとユリスの顔を見つめるが、ユリスはいたって真面目そのものな顔をしていた。

「いえ、あの、でも……」
「ベリアは寮に住んでない、近くに部屋を借りて彼氏と一緒に住んでるらしい。そんなところに邪魔するわけにもいかないだろ」

(た、確かに。てゆーかベリアさん彼氏いたんだ)

 第一部門内で女性同僚のベリアを頼れないとなると総務課時代に仲が良かった元同僚を頼ることになるが、あまりにも時間が遅すぎる。しかも総務課の寮は研究課からかなり離れた場所にあり、他の課の人間を泊める場合手続きが必要になる。

(こんな時間に行ったら絶対迷惑だよね……)

 カップ内のハーブティーに映る疲れ果てた自分の顔を眺めながら悩むが、解決策が見つからない。静かにユリスの顔を見上げると、ユリスは相変わらず真顔でリリィを見つめていた。

「ここには使ってない部屋が一つある、あんたはそこを使えばいい。前にも言った通り、俺は女が嫌いだ。あんたには近寄ったり触れたりしても頭痛や吐き気がしないけど、でも別にそっちの欲はわかない。歓迎会の日に実証済みだから安心していいよ」

 確かに歓迎会の日、ユリスには一切手を出されていなかった。むしろ本当に興味がないかのような態度を取られていたし、ユリスの言うことは間違っていない。

(ここはユリスさんに頼るしかないのかな……)

 リリィは静かに深呼吸してカップを両手で強く握った。

「……あの、ご迷惑でなければ、お願いします」
「うん、俺もその方が安心する」

 こうしてリリィはユリスの部屋に厄介になることになってしまった。
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