ギムレット

Gimlet






「いらっしゃいませ………
って、今日もアナタですか」


「こんばんは。
今日も今日とて寂しい店ね」


「週末は賑わうんですけどねぇ。
アナタがこーへんだけで。
……いつものですか?」


「そう。あの、味のない"ギムレット"」


「そない文句言うなら、
別のんにしはったらどうですか」


「褒めてるのよ。あの丁度良い薄さ。
神がかってるとしか思えない」


「……今度ベース抜いてみたろかな。
はい、どーぞ」


「知ってる?今日でちょうど1年」


「え、うそやん。もうそんな経ちますか」


「記念に、私がこのbarにたどり着いた話でもしようか」


「いや、十分聞いたんでもうええです。
3年付きおうた彼氏に捨てられて、
この街に逃げてきたなんて話」


「そうそう。
でも、どうしたって虚しくて。
酔い潰れるためにドアを開けたのに。
この儚い薄味が、それすらも許してくれなかったの」


「擦りすぎて、なんの記念にもならんな」


「ここに来ると、いつも君が居たわ」


「だから。俺しかおらへんのですって。
ワンオペ店長なんでね。……雇われやけど」


「ほんと、いつまでも洗練されないのね。
普通は『マスター』って言うんじゃないの?」


「俺に似合わんでしょ。そんな小洒落た肩書き」


「で?恋人とはどう?」


「恋人ちゃうって言うてるやないですか。
………まだ」


「諦め悪いね、君も」


「それはアナタでしょ。
いま飲んでるソレ、もはや鎖やん」


「痛いなあ。もうちょっと気遣ったりできない?」


「そんなん求めてないくせに」


「嘘。
本当はわかってるよ。
このグラスに入ってる優しさ」


「………さいですか。
他のん頼む気になったら言うてください。
おすすめは"ブルー・バード"」


「もちろん。そんな日が来たらね」




< 1 / 6 >

この作品をシェア

pagetop