シュガー&ソルト 〜俺のヒロインにならない?〜
第一話

〇校舎(朝)
――私立星蘭(せいらん)高校。
創立十周年を迎えたものの、一昨年まではまったくの無名校だった。しかし、とある男をきっかけに一躍有名になった、今、最も話題の進学校である。

〇電車内(朝)
肩につくくらいの黒髪で顔を隠すようにして、英単語帳を真剣に見つめる塩見(しおみ)つばめ。重たい前髪が見るからに邪魔そう。黒目がちでちょんとした鼻が素朴な印象だ。

星蘭高校にこの春から通い始めた、つばめ。片道一時間かけても、この高校に通いたい理由があった。

つばめ(ずっと憧れていた、星蘭高校)
(毎朝、制服に袖を通して鏡を見る度に実感する)
(本当に星蘭高校の一員になれたんだ、って)

つばめ(だけど……)
ぎゅっと手に力が入り、英単語帳にシワができる。

つばめ(入学して、二週間)
(未だに友だちどころか、まともに話せるクラスメイトさえいないなんて)
(私の青春は、もう、終わってしまったのかもしれない……)


〇通学路(朝)
下を向きながら歩くつばめを楽しそうに話しながら追い越していく、同じ制服を着た生徒たち。

つばめ(いいなぁ……)
羨ましさを滲ませながらも諦めた表情で、リュックの肩紐を握りしめながら歩くつばめ。そのスピードはさっきよりも遅い。

つばめ(……って、憧れてみたって、私と彼女たちの見えている世界は違うから)
(憧れの高校で、私は今日も誰にも認識されない“ユウレイ”になるしかない)


〇(回想)子どもの頃のつばめ
つばめ(幼い頃から人見知りで、話すのが何よりも苦手だった)

――つばめ、五歳。
従兄弟「つばめちゃん、川でも行く?」
つばめ「…………」
四歳年上の従兄弟が大人たちの話は退屈だろうと気を使って誘ってくれるけれど、きゅっと口を噤んで、父親のズボンの裾を掴んで離さないつばめ。
従兄弟母「あらあら、つばめちゃんは本当に大人しいわね。まだ一言も話してないんじゃないかしら」
つばめ父「はは、すみません」
おばあちゃん家に遊びに行っても、滅多に会わない親戚と話ができるようになるまで数時間は必要だった。

人見知り+ネガティブで内気な性格。
自分だけの世界に飛び立って、そのまま殻に閉じこもるのが楽だと気づいてしまってからは、なんかもう全てに諦めがついてしまった。

つばめ(そんな私が、唯一、夢中になれたのはお芝居の世界)
(小さな四角い箱の中、別人のように変貌する女優さん)
(自分じゃない、誰か。お芝居の中でなら何にだってなれる)
(すごいと思った。一瞬で目を奪われた。まるでロミオとジュリエットが恋に落ちるみたいに、あまりにも自然なことだった)

ある時は失恋に苦しむ女子大生、ある時は煌びやかな世界を生きるホステス。役柄によってカメレオンのように変身する女優がかっこいいと思った。

つばめ(――あ、私もやってみたい)
(たぶん、それが初めての夢だった)

中学一年生の頃、親に内緒で友だちと一緒に芸能事務所に応募したつばめ。
しかし、家に電話がかかってきて、親にバレてしまう。

つばめ母「もう、お母さんに黙って何やってるのよ」
つばめ「……私、どうしてもお芝居をやってみたくて、」
つばめ母「無理よ、つばめには。つばめの顔じゃ、女優さんなんてなれっこないもの」
つばめ「っ」
つばめ母「女優さんよりもっと、つばめに向いてる仕事があるわよ」
目に涙を浮かべて、ショックを受けるつばめ。

(回想終了)


〇校内・廊下(朝)
ガヤガヤ騒がしい廊下を歩くつばめ。女子生徒は仲のいいグループで固まっている。

つばめ(あの時は確かにショックだったけれど、今ならお母さんの言ったことが正解だって、はっきりと分かる)
窓に映る自分をちらりと横目で確認して、自嘲する。

つばめ(この世界の人間はきっと生まれる前からランク付けされていて、その中でも私は最下層の人間だから)
(――ヒロインになる資格なんて、はじめから持ち合わせてないんだ)

でも、こんな自分を変えたい。変わりたい。
ほんの少しの勇気を携えて、地元の高校じゃなくて星蘭高校を選んだけれど、卵の殻は分厚くて、まだまだ割れそうにない。


〇教室(放課後)
授業を終えてワクワクしながら部活動に向かうクラスメイトを見送って、つばめはのろのろとリュックに教科書を詰め込んでいた。窓の外から運動部の声が聞こえてくる。

隣の席の男子生徒は寝ているのか、机に突っ伏したまま動かない。
つばめ(初日からイケメンって騒がれてたっけ)
(ぐっすりだ……)
そんな彼を横目にリュックを背負い、教室を出るつばめ。


〇多目的ホール前(放課後)
演劇部の活動場所、多目的ホール。
その入口には多くの女子生徒が押し寄せている。
きっと、今、この学校で一番入部希望者の多い部活動が演劇部だ。

つばめ(すごい人の数……)
そんなことを考えながら、廊下に張り出されていた部員募集のポスターを思い出す。どんと大きく「ヒロイン募集!」と書かれたそれは、宣伝効果抜群だったと言えるだろう。入学してからずっとこの調子なのも、その人気の高さを物語っている。

つばめ(また今日も駄目だった)
もしも許されるなら、たった一度でいいから見学だけでもしてみたかった。だけど、こんな人の数じゃ、それも叶わない。

つばめ(みんな、かわいくてキラキラしてる)
(場違いだ)
サラサラの髪、ナチュラルなメイク、ピカピカの爪。自分が一番かわいく見えるためにはどうすればいいのかをちゃんとわかっている。膝下スカートのつばめとは大違い。

ぎゅっとスカートを握りしめて、しばらく多目的ホールに集まる集団を眺めた後、つばめは踵を返した。
つばめ(あんなに親を説得したのに、結局こうだもん)
(――嫌いだ)
(諦められなかったくせに、夢の一歩手前で逃げ出す自分が、大嫌いだ)


〇屋上(昼)
相変わらず友だちのできないつばめは、教室でひとりでお昼ご飯を食べるのが気まずくて、うろうろと校内を探索していた。
そんなとき、たまたま見つけた屋上へ続く階段。
立入禁止とは書かれていないし、誰かがいるような気配もない。
なるべく音を立てないようにしながら階段を上って、そっとドアを開けると気持ちのいい青空が広がっていた。

つばめ「はーっ」
柵を掴んで大きく息を吸い込めば、張り詰めていた緊張の糸が弛んだ気がした。

つばめ(去年観た舞台の主人公も、最初はひとりぼっちだった)
(でも、努力することをやめなかったから、みんなから愛されるヒロインになった)
(懐かしいな……)
(私もああなりたいって、思ったのに)


〇回想
中学三年生、夏。
受験勉強の息抜きにと従兄弟に連れられた先は、高校演劇の全国大会。
流石は全国大会。どの高校の演技も素晴らしいものだったが、つばめが特に惹かれたのは光蘭高校だった。

スポットライトなんかなくても自分で発光しているんじゃないかっていうぐらい華やかなオーラを放ち、その場にいる全員の視線を奪ってしまう圧倒的存在感。
つばめ(この人と同じ舞台に立てたら――……)

(回想終了)

誰とも話さないせいで固まった表情筋を何とかしようと、つばめは両手の人差し指で無理に口角を上げてみる。
そして、自分を勇気づけようと昨年観た舞台の印象的だった台詞を口にしようと大きく息を吸った。


〇屋上・塔屋の上(昼)
塔屋の上で寝ていた佐藤桜雅(おうが)は、ぱたんとドアの閉まる音が聞こえて目が覚める。
桜雅(……なに?)
ぼーっと覚醒しないまま、瞼を擦りながら起き上がる。

下を見れば、初めて見る女子生徒。
初々しい雰囲気から一年生だと察することができた。

桜雅に背を向けた彼女は大きく息を吐くと、突然話し始めた。
つばめ「――大丈夫だって貴方が言ってくれたから、あたしはきっとここまで頑張れたんです」
桜雅(……!)
聞き覚えのある台詞に桜雅は大きく目を見開いた。

桜雅の脳裏を過ぎったのは、大量の入部届け。
そのうちの九割が演劇がしたいわけじゃない、ただ桜雅に近づきたいだけの浅はかな動機のものだった。

桜雅(飽きたらすぐに辞めていくだろう)
その予感は当たり、厳しい練習メニューを言い渡せば残ったのは男子生徒ひとりだった。

桜雅(――いいじゃん)
ヒロイン役が欲しいと嘆いていた幼馴染の姿を思い出す。去年は賭けに負けて女装でヒロイン役をこなしていたが、今年こそは男役をやると意気込んでいた。
桜雅は誰にも見つかっていない初心な雛鳥を見つけて口角を上げた。


〇屋上(昼)
つばめ「いつも笑っていられたのは、先輩、」

つばめ(演じている間、私は私じゃない誰かになれる)
(ずっとあの人の隣に立ってみたくて、どうしても諦めきれなくて、ここまできた)

(私が星蘭高校に入りたいと思ったのは――……)

つばめ・桜雅「「……貴方のおかげです」」
声がハモったことに驚いて振り返るつばめは、桜雅の姿を目に入れると口元を手で押さえた。

つばめ(――この人がいたからだ)

桜雅「ねぇ、シンデレラ」
桜雅「俺のヒロインにならない?」
穏やかに微笑むその人に、つばめは顔を真っ赤にする。
ぱくぱくと口を動かしても、何も言葉は出てこなかった。


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