シュガー&ソルト 〜俺のヒロインにならない?〜
第二話


〇屋上(昼)
ぽかんと口を開けたまま固まるつばめ。
微笑みながら、そんな彼女を見下ろす桜雅。

つばめ「…………」
桜雅「…………」
つばめ「…………」
桜雅「…………?」

何も言葉を発しないつばめに、さすがの桜雅も首を傾げる。

桜雅「おーい」

大丈夫? と声をかける前に、我に返ったつばめは何も言わないまま俊敏に荷物をまとめ、脱兎のごとくその場からバタバタと逃げ出した。

つばめ(ッ、最悪だ)
(まさか憧れの人に見られるなんて……)

階段を駆け下りて、二階の踊り場までたどり着いたつばめはゼェゼェと荒い息を吐きながら、羞恥に顔を染める。

つばめ(からかわれちゃったな)
(地味な私が、王子様のヒロインになれるわけがないって分かってるのに)
(……心臓、うるさい)

制服の胸の部分をぎゅっと握り締める。
バクバクと鳴り響く心臓の音は、決して全力疾走したせいではなかった。

一方、一人屋上に取り残された桜雅は、走り去るつばめをぽかんと見送った後、呟いた。

桜雅「あ、シンデレラはまずかったか……」


〇教室(放課後)
一週間が経った。
あれ以来、つばめは演劇部の王子に出会すこともなく、相変わらずぼっち生活を送っている。
SHRを終えて、荷物をリュックに入れているつばめ。

つばめ(明日も現国がある……)
明日の時間割と照らし合わせて、持って帰るものと置き勉するものを選別していれば、廊下がキャーキャーと騒がしいけれど、つばめは気にも留めていない。

つばめ(よし、できた。帰ろう)
用意を済ませて、教室を出て行こうと立ち上がるつばめ。ドアから出ようとした瞬間、目の前を長身の男に塞がれた。

つばめ「っ!?」
女子生徒「キャー!」
女子生徒「王子先輩だ……!」

途端にクラスメイトが声を上げる。
つばめは恐る恐る見上げて、にっこりと微笑む顔が自分を見下ろしていることに冷や汗を流す。

つばめ(何で、何で、なんで……!?)
(ちょっと、怒ってる?)

内心パニックのつばめ。前は桜雅に塞がれ、後ろは桜雅に少しでも近づこうとクラスメイトが押し寄せている。逃げ場はなかった。猫のように警戒するつばめを見て、ふと微笑を零した桜雅は口を開く。

桜雅「おいで」
つばめ(……こわい)
(前門の虎に後門の何とやら……)
後ろをちらりと盗み見たつばめは、目をハートにしたクラスメイトに慄く。もうどうせ尋問されることが確定しているなら、話ぐらい聞いてもいいかもしれない。

桜雅「〜〜♪」
先に歩き出した桜雅の後を小走りで追いかける。マイペースに鼻歌なんて歌っている桜雅は、随分とご機嫌だ。

〇屋上(放課後)
連れてこられたのは、屋上。
風がつばめの重たい髪を攫っていく。
手で髪を押さえていると、桜雅が手すりに肘を乗せて、つばめの方を振り向いた。

桜雅「やっと捕まったね」
つばめ(……絵になるなぁ)
(まるでドラマの一ページみたい)
その姿に見惚れるつばめ。

桜雅「ねぇ、聞いてる?」
つばめ「は、はい!」
桜雅「君は猫ちゃんみたいだね」
つばめ「ねこ……」
じいっと見つめられて、つばめの背筋がぴんと伸びる。
顔面国宝の瞳に映るのが申し訳ないほど、いたたまれない。

桜雅「あんなに探したのに、全然見つからないし。かくれんぼが得意なの?」
つばめ「……すみません」
(それは多分、私の影が薄すぎたからです……)
桜雅「まぁ、いいや。今こうして話せてるし」

柔らかく微笑む桜雅が眩しくて、きゅっと目を瞑るつばめ。
つばめ(うっ、目が潰れる……)
桜雅「あのさ、うちの演劇部に興味あるんじゃないの?」
いきなり確信をついた質問に目を開けると、真剣な瞳と目が合った。ドキリと心臓が跳ねる。

つばめ「……ないとは言えないです。でも、この学校の人間なら誰だってそうじゃないですか」
桜雅「まぁ、それはそうかもね」
つばめ(貴方が一番よく分かっているはずなのに……)

――全国高等学校演劇大会。
それは高校演劇において欠かすことのできない、ビッグイベントのひとつ。

演劇部として全くの無名だった我が校は、二年前に初めて予選を勝ち抜き、全国大会への切符を手にする。
そうして、翌年夏に行われた全国大会で最優秀賞は逃したものの、見事審査員特別賞を受賞した。

その立役者が、この人、佐藤桜雅先輩だ。
一年生で主役に抜擢された彼は、その甘いルックスで注目された。二年生になり、更に演技力も身につけた彼は世界観に引き込む天才で、一躍時の人になった。

SNSで次々に拡散され、ついたあだ名は「演劇部の王子」。
今年入学した一年生で、彼をきっかけにこの高校に決めた人は多くいるだろう。

つばめ(だって、私もそうだから……)
なんて、本人に直接言うことなんてできなくて、シラを切ろうとするつばめ。

桜雅「確かに入部希望者はたくさんいたよ」
つばめ(ええ、見てましたとも)
桜雅「でも、一週間も経たずにみんな辞めていった」
つばめ「え?」
桜雅「みんなが興味あるのは演劇じゃないから」
そう言って苦笑する桜雅を見て、眉間に皺を寄せるつばめ。

つばめ(ショック、だったんだろうな)
(この人は本当に演劇が好きなだけなのに……)

桜雅「でも、あの日、見つけたんだ」
桜雅「俺のヒロインになってほしいって、心からそう思える子を」
桜雅「だからさ、演劇部に入らない? 塩見つばめさん」

一年前、客席から見ていた真剣な眼差しが自分だけに向けられている。
まるで、ここが劇場になったかのようなそんな感覚になるけれど、つばめはどうしても首を縦に振れない。

つばめ「……私には、無理です」
桜雅「台詞を覚えるほどの熱意があるのに?」
つばめ「そ、れは……、」
言葉につまるつばめ。

つばめ「とにかく、私なんかが演劇部に入ったところで皆さんの足を引っ張るだけなので」
じゃあ、と立ち去ろうとしたつばめの手を取り、引き止める桜雅。

桜雅「そんな目をしてるのに、納得できないんだけど」
つばめ「目……」
桜雅「演劇が好きですって、目が言ってる。やればいいじゃん、うちで」
つばめ「…………」
桜雅「やれない理由を教えてくれないなら、俺だって納得できない」
引き下がる様子のない桜雅につばめは渋々口を開く。

つばめ「昔、母親から言われました」
つばめ「『つばめにスポットライトは似合わない』『あなたが女優さんになんてなれるわけがないでしょ』って」
つばめ「……私には向いてないんです。先輩のように、舞台の上で輝ける人じゃないですから」
さすがに納得しただろうと無理に笑顔を作るつばめは手を引こうとするが、ぎゅっと力を込められる。

桜雅「何でそんなに自信がないのか、よく分かった」
桜雅「賢そうに見えてたけど、意外とお馬鹿さんだね」
つばめ「なっ」
桜雅「俺がそれを聞いて、『はいはい、なるほど。じゃあ、他を当たりますね』って引き下がると思った?」
にやりと口角を上げる桜雅。

桜雅「ここは芸能界じゃない、ただの高校だよ」
桜雅「失敗したって、別に莫大なお金がかかっているわけじゃないし、契約とかそういう難しい話もない」
桜雅「やりたいことをやればいいじゃん。俺たち、まだ子どもなんだからさ、好きなことしようよ」
つばめ「っ!」
桜雅「きっと今だけだよ、青春できるのは」
年相応に笑う桜雅。
とくんとつばめの心臓が音を立てる。

桜雅「それでも不安なら、約束する」
桜雅が手を離して、小指を差し出す。

桜雅「塩見の居場所は俺が作る」
桜雅「思わずスポットライトを向けたくなるような、そんな最高の舞台を一緒に作り上げよう」
そう言われたつばめは、視線を落とした後、覚悟を決めて桜雅を見上げる。迷いながらもおずおずと自分の小指を差し出す。

つばめ「こんな私でよければ、よろしくお願いします」
桜雅「ふは、だから塩見がいいんだって」
桜雅「まぁ、いいや。その辺は追々ってことで。これからよろしくね、ニューヒロイン」
つばめ「その呼び方はちょっと……」
桜雅「じゃあ、プリンセス?」
つばめ「何でますます酷くなってるんですか」
桜雅「あはは」

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