シュガー&ソルト 〜俺のヒロインにならない?〜
第四話

〇多目的ホール(放課後)
つばめ(もしかして、この人が部長……?)
そう思ったが、不敵に笑う知らない男と目が合ったつばめは、猫のようにびゃっと体を跳ねさせた後、不自然に目を逸らした。視線は感じたままで嫌な汗がたらりと落ちていく。

つばめ(不審者は見るなって教わったし……)
自分の爪先を見つめていれば、にんまりと口角を上げた男はつばめと央を交互に見てうんうんと頷いた。その様子を見た桜雅が庇うようにつばめの前に立った。

京介「今日も一段とビューティフルだね、佐藤」
桜雅「そりゃどうも、部長も相変わらずで」
つばめ(やっぱり部長だ……!)
京介「ふふん、さて今年のニューフェイスはそのふたりかな」
上から下まで舐め回すように見てくる京介にゾゾと背筋が冷たくなり、顔を強ばらせる央。

美亜「ちょっと、ふたりが引いてるから抑えなさい」
ハァハァと息を荒くして恍惚な表情になっている京介の頭を美亜がばしっと叩く。

京介「うう、痛いよ、美亜」
美羽「自業自得でしょ」
京介「うんうん、ツンデレがデフォの双子なんて属性もりもりでおいしいだけからね」
美亜「きっしょいなぁ」
ツンと言い放つ美亜と美羽。
しかし、京介は意味分からないことをぶつぶつと呟いている。

桜雅「あー、部長」
京介「ん?」
桜雅「……変態に秘蔵っ子を差し出すみたいですごく嫌なんだけど、自己紹介聞いてあげてもらっていい?」
京介「もちろん! 緊張しているようだし、まずは僕から始めようか」
前に立っていた桜雅がそっと横にずれて、つばめの背中を押す。
京介は胸に手を当てて、高らかに自己紹介を始めた。

京介「僕こそがこの星蘭高校演劇部の部長を務めている、蕨京介だ。僕はミュージカルが大好きでね、暇さえあれば劇場に通っているんだ。部活はその空いた時間に顔を出すようにしているから、一年生諸君もおすすめが聞きたければ、いつでも話しかけてくれ」
つばめ(ミュージカル……!)
つばめ(あんまり観てこなかったジャンルだ)
最初は怖いと思っていたが、無類のミュージカル好きと聞いて目を輝かせるつばめ。

桜雅(俺の時はそんな顔しなかったのに……)
仲良くなりたいとそわぁとしているつばめを見て、桜雅は少しムスッとして面白くなさそうだった。

央「えっと、那須です。先週、この部に入りました。よろしくお願いします」
京介「那須くんだね、よろしく。君は何かやりたいことがあって、入部を決めたのかな」
にっこりと笑って尋ねる京介から視線をずらし、央はすっとそのクールな瞳で桜雅を見据える。

央「……ヒーローになりにきました」
桜雅「へぇ……」
つばめ(これって、佐藤先輩からその座を奪うってことだよね)
京介「宣戦布告か、いいねいいね」
面白いねと桜雅がニヤリと笑い、京介はヒューと口笛を吹いた。

つばめ(正直、意外だ)
つばめ(那須くんって、そんなに演劇が好きだったんだ)
悠里に「お前、よく言ったな。意外と熱い男じゃねぇか!」と頭をわしゃわしゃと撫でられて、迷惑そうにしている央を見つめて、つばめは同じ熱量を持った同級生がいることに嬉しくなる。

美亜「央くんもキャーキャー言われそうな見た目してるよね」
美羽「つばめちゃんのクラスではどうなのさ」
つばめ「もう固定ファンはついてると思いますね」
美亜「さっすが〜!」
美羽「でも、佐藤とはタイプが違うよね。誰にでも優しい王子ってかんじじゃないじゃん」
美亜「そうそう、央くんは孤高の王子様ってかんじがいいの!」
美羽「誰彼構わず、笑顔振り撒いてる佐藤と違ってね」
桜雅「おーい、そこ、聞こえてるから」
美羽「ごめんごめん」
美亜「私たち、嘘つけないからさ」
桜雅を茶化していたずらっ子のように笑っている双子。
それ以上言い返したところで何も意味は無いと分かっているのか、桜雅はやれやれといった表情でため息を吐き出すだけだった。
そんな桜雅の前に、央が立って宣言する。

央「俺はみんなの王子じゃなくて、好きな人だけを守れるヒーローになれたらいいので」
つばめ(うっ……)
美亜「くっ、中身までイケメンだ……」
堂々と言い切る央に周知の色は見えない。
カッコイイ! と悠里や美羽が拍手するのも当然だった。

桜雅「ふーん、俺からヒーローの座を奪おうって言ってるんだ。なかなか生意気だね、那須」
央「王子の仮面が剥がれかけてますよ、先輩」
にっこりと笑う桜雅を煽る央。

つばめ(この二人、仲悪かったんだ……)
ピリピリとした空気に落ち着かないつばめ。
険悪な二人の間に入ったのは、京介だった。

京介「はいはい、そこまで。野心溢れる新入生ってのもいいじゃない。佐藤だって、入部したときに同じようなこと言ってたじゃん。『俺が全国に連れて行く』って」
美亜「言ってたね、懐かしい」
美羽「それを本当に叶えちゃうから、佐藤はやっぱり王子なんだろうね」
昔を懐かしむ三年生たち。

つばめ(今より血気盛んな先輩も見てみたかったな……)
桜雅を盗み見ようとすれば、ばっちりと目が合ってしまって、すぐに視線を彷徨わせるつばめ。
桜雅「ふは、挙動不審すぎる」
思わず笑われてしまって、恥ずかしくなる。

京介「那須くんのこれからに期待ということで、次は君かな」
つばめ「は、はい! 塩見つばめです。……去年、先輩たちの舞台を見て、星蘭高校に入学しました。私は人前に立つのが苦手で、友だちとか作るのもなかなかうまくいかなくて……。私なんかでいいのかなっていう気持ちでいっぱいです。正直連れてこられたばかりで、分からないことだらけだし、舞台の上に立つ覚悟とか、皆さんの足を引っ張るんじゃないかって不安とかの方が大きくて……」
この場にいる全員に注目されていると思ったら、頭で考えるより先に勝手に口が動いて、何を話しているのか自分でもよく分からなくなる。
自己紹介さえまともにできないなんて、と心が折れそうになる。

つばめ「でも、演劇はすごく好きだから。自分じゃない誰かに憑依したら、少しは強くなれるから。弱気な自分を変えたくて、ここに来ました。キラキラしている皆さんとは全然釣り合わないかも、」
桜雅「はい、ネガティブストップ」
いっぱいいっぱいで泣きそうになりながら話し続けるつばめを止めたのは、桜雅だった。
ぽんと頭に乗った手があたたかい。

桜雅「塩見は優しすぎるんだよ。さっきまでの俺たちを見てたら分かるだろ。普通の高校生だよ、みんな」
つばめ「でも、私は地味だし、どう見ても一人浮いてます……」
美羽「じゃあ、今度あたしがメイク教えてあげる。それで、自分に自信をつけよう」
美亜「うん、私も付き合うよ。女の子はみんな、生まれた時からかわいいんだから」
つばめ「そんな、先輩たちの時間を奪うわけには、」
美羽「女の子にメイクするの好きなの! ほら、一人が嫌なら悠里も付き合ってくれるって!」
悠里「いや、言ってねぇっす」
美亜「ん? 悠里?」
悠里「……しゃあねぇなあ。一回だけだからな」
美羽「えー、悠里がOK出すなんて珍しい」
悠里「うるさいです」
桜雅「後輩できたからいいところ見せたいんだよね」
悠里「違ぇよ。……ただ、俺がヒロイン嫌だって駄々こねたのもよくなかったなって思っただけ。これでチャラだから」
卑屈なつばめを責める者はここにはいない。
寄り添ってくれるひとばかりだ。

つばめ(あったかい)
つばめ(この場所で、頑張りたい)

つばめ「私、変わりたいです」
つばめ「胸張って、舞台に立てるように」
つばめ(先輩の隣に並んでも恥ずかしくないように)
桜雅を見上げるつばめ。

つばめ「これから、よろしくお願いします」
深く頭を下げたつばめに降り注ぐのはあたたかい歓迎の拍手。

京介「いや〜、美しいものを見せてもらったよ」
京介「つばめくん、僕は君が羽ばたいていくところを楽しみにしているよ」
一人静観していた京介がメガネをキラリと光らせて笑った。

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