サマータイムラバー
 彼に出会ってからずっとうるさい心臓は、そろそろ壊れてしまいそうだ。
 耐えきれずに目を逸らすと漣がフッと笑みをこぼした。二人の間に漂う緊張感のようなものが少し弛緩した気がする。

「凪、泳ぎ上手いよな。すごい早かったから驚いた」
「一応大学まで競泳部だったから。でも別にそこまで上手くはないよ、高校の県大会止まりだし。漣の方がすごいでしょ。ライフセーバーなんて泳ぎのプロだし」
「いや、俺もプロじゃないよ。ただのボランティア」
「えっ?!そうなの?!」

 てっきり生業にしているのだと思っていた。目を丸くして驚く凪に彼は、ライフセーバーをしているのは土日だけだと教えてくれる。
 なんでも日本のライフセーバーはアルバイトやボランティアが大半なんだとか。そんな裏事情を聞きながら、凪はあれ?と首を傾げた。

「じゃあ、漣って普段は何してる人なの?水泳のコーチとか?」
「普通に丸の内でサラリーマンやってるよ」

 可笑しそうに鼻を鳴らすと、漣は緑色のソースがかかった真鯛のポワレを優雅な手つきで切り分けて口に運んだ。
 
 食事が始まってからずっと思っていたことだけれど、漣はフォークとナイフをとても綺麗に扱う。普通のサラリーマン、にしては手慣れすぎていて、彼の経験値が窺える。
 
 きっと毎週末、誰かとこんな風に食事を共にしているんじゃ……そんな想像が頭をよぎって、チクリと針を刺されてかのように凪の胸が痛んだ。
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