サマータイムラバー
「悪い。こんな情けない話して。忘れて」
「ううん。そんなことないよ……」

 立ちはだかった壁に必死にもがいて、でもどうしたって乗り越えられなくて、諦めて――漣はそんな自身を軽蔑しているんだろうか。
 
 でも情けないなんてことは絶対にない。
 凪は今この瞬間の漣の姿しか知らないけれど、それまでの努力がどれほど壮絶だったかは、彼の泳ぐフォームを見たらすぐにわかる。それは尊ぶべきものだと、凪は心に強く思っていた。
 
 凪は無性に彼に寄り添いたくなって、彼を抱きしめたい衝動に駆られながら、フルフルと首を振った。
 
「私もおんなじだよ。もちろん漣みたいにすごくないけど。でも、これ以上は無理だーって思って諦めたのも、今でもやっぱり泳ぐのが好きなのも、一緒。情けなくなんかないよ」

 諦めたって何が悪い?心が挫ける時だって生きていればいくらでもあると思う。凪もそうだった。
 でも、たとえ夢が破れて諦めても、泳ぐことは今も好きだった。好きなことを嫌いにならずにいられた自分を、凪は気に入っている。
 
(だから、そんなに自分を嫌わないでよ)

 想いを眼差しに込めて見つめると、漣は刹那、面を食らったように瞬きをして――迷いを吹っ切るかのように破顔した。

「ハハッ、そっか、そうだな。確かに、一緒」
 
 白い歯を見せてクシャリと無邪気に笑う姿に、凪は目を奪われた。

「優しいな、凪は」

 その言葉を聞いた瞬間、凪の中でコトンと何かが落ちる音がした。
 
 もう止められない。心も体も自分のもののはずなのに、凪は己の操縦権を失ってしまった。
 心臓を鷲掴みにされたような胸の痛みも、漣がひときわ輝いて見えるのも、全部制御なんてできなかった。

 短い時間で急速に育っていく感情に戸惑いながら、凪は漣の笑顔を見つめていた。
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