傷心女子は極上ライフセーバーの蜜愛で甘くとろける
「毎日泳いでたりするの?仕事が終わった後とか」
「ああ、そうだな。夜は仕事終わるのが深夜過ぎてるから、大抵朝に。つっても二キロくらいしか泳いでない。学生の時は毎日八キロとか平気で泳いでたから、それに比べたら全然だ」
「十分すぎるよ。というか八キロを毎日って……漣ってもしかして選手を目指してたの?」
「いや。選手を目指したかったわけじゃないけど、のめり込んではいたな。自分の力でのし上がっていける感じが楽しくてさ。記録が出るたびに、次はこの記録塗り替えてやるって躍起になってた」

 漣が懐かしむように遠くを見て笑った。
 その感覚には凪にも覚えがあって、笑顔で頷く。
 
「ふふ。それわかる。頑張って自己ベスト出せた時の喜びって半端ないよね」
「そうそう。あれはもう一種の中毒だな。それに俺の場合は……他は何もかも親が敷いたレールを走ってるだけだったから、余計に水泳だけは自分で成し遂げてる感じがして楽しかった」

 その時、なぜか漣の笑顔が曇った。不意に現れた切なげな表情に凪は自然と目を奪われる。

「ま、とはいっても早々に諦めてやめたけどな」
「どうして?」
「全中に出て調子づいたとこまではよかったけど、そのあと伸び悩んでさ。高校の途中で腐ってやめた」

 挫折した己を自嘲するように漣は肩をすくめているが、凪は逆に目を輝かせた。

「やっぱり!漣って全国大会いってたんだ!すごい、本当に頑張ってたんだね。今もお休みの日はライフセーバーもやってるし、本当にすごい!」

 気分が高揚しすぎているせいか語彙力が低下していて、すごいとしか言えないのが口惜しい。

 凪にとって、全国大会なんて夢のまた夢だった。漣はそれを叶えただけでなく、今も休日の炎天下にしかも無償で人のために働いているのだ。本当にすごすぎる。尊敬しかない。
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