サマータイムラバー
 前を見やると、イルカのようなしなやかな動きでぐんぐんと泳いでいく男性の姿が目に入った。
 小麦色に焼けた逞しい二の腕が、波を両断するようにザブザブとかき分けていく。

 彼は一瞬にして溺れた男の子に辿り着いていた。苦しみもがき暴れる男の子の背後に回り、動じることなくオレンジ色のレスキューチューブを巻き付けている。

 助かった――
 凪は底に足をつけると、胸を撫で下ろした。そしてじっと、男の子を助けたその男性を見つめた。目が離せなかったという方が正しい。

 彼は男の子の背を撫でながら何かを話しかけていた。落ち着かせようとしていたのかもしれない。
 ニッコリと白い歯を見せて笑う彼を見て、その笑顔が向けられているはずもない凪の心臓がトクンと音を立てた。

 やがて落ち着きを取り戻した男の子の体をしっかりと支えながら、彼は岸に向かって泳ぎ始めた。
 筋肉で武装された太い腕が再び水面を両断するようにかき分ける。美しいフォームに見入っていると、ふとその彼と目が合った。
 濡れた前髪から覗く、野生的な強い眼差し。視線が交差したのは一瞬だけにも関わらず、それは凪の心をも貫いた。

 魔法にかけられたかのように凪は呆けていた。内側からうるさいほどに鳴り響く鼓動が、波音もかき消している。
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