後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 ソムリエナイフのナイフ部分でボトルの口を覆っているキャップシールに切れ目を入れて1回転くるりと回し、キャップシールを切り取った。
 そしてコルクに対してスクリュー部分を垂直に差し込み、コルクの底を突き破らないように直前で止めて、テコの力を応用してゆっくりと引き上げた。
 きれいに抜けた。
 その瞬間、拍手が聞こえた。
 ソムリエナイフだった。
 見事! 
 という声も聞こえた。
 コルクからソムリエナイフを抜き、丁寧に折り畳んだ。
 そして、ありがとうと告げてそっとテーブルに置き、ボトルの口の部分をティッシュで軽く拭き取って、香りを鼻に通した。
 すると熟成香が嗅覚にお辞儀をし、嗅覚はボウ・アンド・スクレイプで応えた。
 
 暫し余韻を楽しんでからグラスの縁に沿ってゆっくりと静かに注ぎ込み、下から三分の一を満たしたところで注ぐのを止め、ワインボトルに酸化防止栓を付けたあと、ワイングラスに左手を添えた。
 適度なスピードでグラスを回すと、何年もボトルに閉じ込められていたワインが空気と触れ合っていく。
 すると蕾が開くように香りが立ち、固く閉じていた味がこなれていく。
 スワリングを終えてグラスをそっと鼻に近づけると、チョコレートのような、黒コショウのような香りが鼻を抜けていった。
 男の大好きなシラー独特の香りだ。
 一口含むと、濃厚な味わいが口の中に広がった。
 流石にローヌ地方のシラーは違う。
 しかし冷蔵庫から出したばかりなので、まだ十分に花開いていない。
 少し時間をおいて温度を上げた方が良さそうだ。

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