『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 人の噂は75日と言うが、この事件もあっという間に忘れ去られていった。
 犯人が死んだことでマスコミが取り上げることもなくなった。
 50万人の署名は保存期間終了後、破棄された。
 残されたのは娘さんの死と遺族の絶望だけだった。

 娘さんの死を無駄にしたくないと頑張ってきた奥さんから気力が失せた。
 食欲がなくなり体力が低下していった。
 そんな状態の時、健康診断で右の乳房にしこりが見つかった。
 幸いにも早期がんでリンパ節への転移もなかったことから、乳房温存手術の上、薬物療法と放射線療法が行われた。
 その後再発は認められず、退院した。
 
「娘が助けてくれたのだと思います」
 枕元脇の台に置いてある娘さんの写真に視線をやって、手を合わせた。
「娘が救ってくれた命だから、くよくよして沈み込んでいるわけにはいかないとリハビリに励みました。それが功を奏したようで、少しずつ元気を取り戻していきました。そんなある日、主人に勧められて庭いじりを始めるようになりました。その時々に一番綺麗に咲いた花に娘の名前を付けて話しかけるのが日課になりました。すると、毎日娘と暮らしているような気になっていきました。でも……」

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