『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 今年の1月下旬、入浴中に左の乳房にしこりを発見した。
 奥さんはすぐに主治医の元に走り、再度入院して検査を受けた。
 幸い今回も早期がんで転移がなかったことから、右の乳房の時と同じ手術と治療を行った。
 そしてもうすぐ退院という時に、ご主人の感染が判明した。
 ご主人は別の病院に移送されたが、症状が軽かったためすぐに治癒すると思われていた。
 しかし、容体(ようだい)が急変し、二度と生きて会うこともなく、別れの時がやって来た。
 
「ミモザが満開の時に娘が無謀運転で殺され、10年後の満開の写真を持ってきた主人は新型コロナウイルスに殺されました。大好きなミモザの季節に何故こんな悲惨なことが起こるのか、花言葉に『別れ』の二文字はないのに……」

 ご主人の遺品であるミモザの写真を虚ろな目で見つめながら、切なそうに溜息をついた。
 とても深い溜息だった。
 女はその溜息を拾って、奥さんに向き合った。
 胸に秘めていた母親とのことを包み隠さず話したいと思った。
 この人になら話せると思った。
 この人なら受け止めてくれると思った。
 18歳に戻った女が母親とのことを話し始めた。

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