『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
女(18歳の頃)
 母は2月生まれでした。
 2月26日です。
 誕生花はミモザでした。
 だからか、母の誕生日にはいつもミモザの花が家中を飾っていました。
 溢れんばかりに生けられた花瓶を見て「どうしたの?」って訊いても、「うふふ」といつも誤魔化されました。
 今思えば、父のプレゼントだったのかもしれません。
 父が母に渡す場面は見たことがないのですけど。
 
 18歳までは絵に描いたような幸せな家庭でした。
 裕福ではなかったけど、愛情と笑顔が溢れていました。
 わたしは世界で一番幸せな娘でした。
 しかし、父の突然死で一変しました。
 家から愛情と笑顔が消え、失望と苦悩と暗闇が支配するようになりました。
 母は極端に口数が少なくなり、仮面を被ったような無表情が続きました。
 明らかに病的でした。
 一日中塞ぎ込んで、溜息ばかりついていました。
 近所の子供にピアノを教えることも止めてしまいました。
 無収入になった我が家は一気に家計が苦しくなりました。
 貯金は200万円ほどしかありませんでしたし、死亡保険金は1,000万円しかありませんでした。
 それ以外には月10万円ちょっとの遺族年金が支給されるだけでした。
 その遺族年金は家賃で消えたので、毎月の生活費は貯金と保険金を取り崩していくしか方法がありませんでした。

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