後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 夜が明けるのを待ってブレーカーを落とし、ガスの元栓を締めました。
 ドアに鍵をかけてから、きちんとしまっていることを確認して、ドアに組み込まれている郵便受けに鍵を放り込みました。
 カチャンと金属音がしました。
 
 1時間以上電車に乗って2週間前に来た駅で降り、駅前の銀行でお金を下ろしました。
 そのお金で敷金と礼金と手数料と火災保険料と1年分の家賃を前払いしました。
 それから不動産屋の女性社員にアパートまで送ってもらって鍵を受け取り、1般的な注意を受けました。
 ガスは開栓済みになっているのですぐに使えるが、くれぐれも火の元には気をつけてと念を押されました。
 
 部屋の中はがらんとして冷え切っていました。
 6畳間の窓には薄汚れた黄色のカーテンが、天井には古臭い丸型の照明器具が付いているだけでした。
 照明器具から垂れ下がっている紐を引っ張るとジーという音がして暫くしてから点灯しました。
 よく見ると蛍光灯の両端がかなり黒ずんでいたので、切れる寸前かもしれないと思いました。
 ショルダーバッグからメモとボールペンを出して〈丸形蛍光灯を買うこと〉と書き込みました。
 
 小さな台所にはガスコンロがありました。
 年代物のようでした。
 これも前に住んでいた人が残していったのだろうと思いました。
 古臭くて汚かったですが、それでもありがたかったです。
 生きていくために1円でも倹約しなければならないからです。

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