後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
「あら?」
 店から出てきた奥さんがわたしを見て目を丸くしました。
「遊びに来ました」
 本当はそうではありませんでしたが、色彩が戻った脳がこの言葉を選んだようでした。
「素敵なママチャリですね」
 褒めたつもりでしたが笑われました。
「あなたみたいな若い人がママチャリなんて」と声を立てて笑われました。
 ママチャリのどこがおかしいのだろう、と首を傾げていると、笑いを治めた彼女が、ハンドルからぶら下がっている丸いPOPをわたしに向けました。
そこには、『シティーサイクル』と書かれていました。
その時初めてママチャリ以外の言葉を知りましたが、お洒落な名前だなと思いました。

 元々の価格は25,000円位で、サイズは26インチ、外装変速6段という優れモノだと説明してくれました。
 そして、「ビビッドカラーが素敵でしょ」と冴えた赤色のスポークを鮮やかな手つきで撫でました。
 するとどうしてかその仕草に色気を感じてしまい、シティーサイクルが艶めかしく見えました。
 恥ずかしくなったわたしは、目を逸らしてしまいました。
 
「ごゆっくり遊んでいってください」
 彼女は自転車を勧めることもなく店の中に戻っていきました。
 考えてみると、わたしの行動範囲は限られていました。
 徒歩では限界があるし、かといって公共交通機関を度々使うわけにもいかないからです。
 なので自転車が必須のように思えてきましたが、8,400円という価格が引っ掛かりました。
 プライスカードと睨めっこして、う~んと唸ってしまいました。
 
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