後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 マグカップを近くの台に置いて、改めて自転車を見ました。
 キズは見つかりませんでした。
 塗装も剥げていませんでした。
 手でペダルを回すと軽やかな音がして後輪が回りました。
 擦れるような音はしませんでした。
 ハンドルのブレーキをキュッと締めると、即座に後輪が止まりました。
 心地良い止まり方でした。
 前カゴの状態を確かめましたが、グラグラせずしっかりと固定されていました。
 前輪のタイヤを両手の親指でおすと、押し返されました。
 最良の空気圧だと思いました。
 後輪のスタンドのロックレバーを軽く蹴って解除し、スタンドを上げました。
 ハンドルを持ってサドルにまたがると、とてもしっくりきました。
 まるで誂えたかのように馴染んだのです。
 思わずペダルを漕ぐと、スーッと走り出しました。
 ギアチェンジに挑戦すると、スムーズに変わりました。
 丁寧に注油されているようでした。
 気持ち良くなってそのまま漕ぎ続けましたが、ハッと気づいてブレーキを掛けました。
 オーナーに断りもせずに自転車を走らせていたからです。
 急いで店に引き返して無断で自転車を走らせたことを詫びると、彼らは咎めることもなく、「この辺りを1回りしてきたらどうですか」と更なる試乗を促してくれました。

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