後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 店に戻ると、2人はお客さんを見送っているところでした。
「どうでした? 気持ち良かったでしょう」
 笑顔で自転車を受け取ったご主人がスタンドを立ててくれました。
「最高に気持ち良かったです。これ下さい」
 いきなり購入の意思表示をしたのでご主人はちょっとのけ反るような格好になりましたが、「気に入っていただいて良かった」と嬉しそうな顔を返してくれました。
 それから「ちょっと待ってくださいね」と言って店から油差しと布を持ってきて、可動部分への注油と全体の拭き取りをしてくれました。
 その動作は我が子に接するような優しさに溢れていました。
 満足を売るだけでなく愛情を売っているのだと思うと、ちょっと感動しました。
 
 今回は値切りたいと思いませんでした。
 値切ったらこの自転車の価値が下がると思ったからです。
 1万円を渡すと、1,600円が返ってきました。
 プライスカードのままで売ってくれてホッとしました。
 お釣りを財布にしまっていると、「これを使ってください」と空気入れを手渡されました。
 思わず受け取ってしまいましたが、いくらなんでも頂く訳にはいかないと思って、押し返しました。
 でも、「この自転車に付いていたものですからご心配なく」とご主人に押し返されてしまいました。
 と言われても付属品とはどうしても思えなかったのでどうしようか迷いましたが、これ以上遠慮するのは却って失礼にあたると思ったので厚意に甘えることにしました。
 謝意を伝えて自転車にまたがり、前カゴに空気入れを収納しました。

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