後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 その夜、夢を見ました。
 補助輪を外した自転車に初めて乗った時の夢でした。
 後ろの荷台に手を添えていたのは、父ではなく母でした。
 わたしがバランスを崩さないように荷台に手を添えながら走っていました。息を切らしながらも、何度も何度も走ってくれました。
 そして遂に一人で漕げるようになると、道路にへたり込みながらも笑顔で拍手をしてくれました。
 
 それは、実際の出来事に近い夢でした。
 仕事で忙しい父はわたしの相手をする時間が限られていたので、何かを初めてする時にはいつも母が付き添ってくれていたのです。
 自転車の時もそうでした。
 補助輪を苦労して外してくれたのも母でした。
 一人漕ぎできるまで何回でも手助けしてくれたのも母でした。
 うまくいかない時は励ましてくれて、うまくいった時は自分のことのように喜んでくれました。
 そんなことを思い出していると、ちょっとセンチな気分になってきました。
 寝袋を頭まですっぽりとかぶって少し泣きました。
 でも、母を許すことはできませんでした。
 それとこれとは別だからです。
 父を裏切った女は過去に母だった人とは違うからです。
 わたしは夢の残像を頭から消しました。

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