後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 翌日の夕方、ベーカリーへ向かいました。
 店に着くと、丁度店仕舞いをしているところでした。
「少し待ってて」と言われたので、片づけの様子を見ながら、自分が採用になった時の動きを勝手にシミュレーションしました。

 20分ほど経って手招きをされたのでついていくと、自宅になっている店の2階に案内されました。
 リビングのテーブルで向かい合うように座りましたが、緊張のせいか声が喉につかえたようになって、挨拶の言葉が出ていきませんでした。
「よろしくお願いします」とだけ言って履歴書を差し出しました。
 すると「バイトの経験は?」と訊かれたので、コンビニとスーパーでバイトしたことがあると答えました。
「リサイクルショップの方とはどういうお知り合い?」と訊かれたので、初めて訪問してから今までのことを話しました。
 それから「パンは好き?」と訊かれたので、「お米よりパンの方が好きです」と答えると、2人揃って嬉しそうに笑いました。
 そして、「いつからできる?」と訊かれたので、「明日からでも大丈夫です」と答えました。
 すると2人が顔を見合わせ、奥さんが頷くとご主人も頷きました。
「では、明日から来てください」と言われて面接が終わりました。
 高校中退のことは訊かれませんでした。
 わたしは体を二つ折りにして謝意を示しました。
 顔を上げると2人の顔に笑みが広がっていたので、新しい扉が開いたと感じました。

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