後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 あの日以降、母が来ることはありませんでした。
 わたしはベーカリーでのアルバイトに夢中になっていましたし、駅の『ふれあい広場』にあるピアノでの演奏を楽しんでいたので、母のことはほとんど忘れていました。
 たまにドアの外で物音がすると母かなと思ってびくっとしましたが、いつも隣に住むおじさんが引き起こす音でした。
 
 わたしの毎日はほぼ同じことの繰り返しでした。
 アパートに帰ると、シャワーを浴びて、夕食を作って、食べて、後片づけをして、手洗いで洗濯をして、歯磨きをしたらすぐに寝袋に潜り込んで音楽を聴いていました。
 だから、母のことを思い出す余地はほとんどありませんでした。
 このまま母との関係が自然に消えていきそうな気がしていました。

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