後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
駅前の公衆電話ボックスに入って、息を整えました。
13回の呼び出し音のあと、医師が電話に出ました。
彼は気が動転して落ち着きを失っていました。
声が狼狽えて聞き取りづらかったし、話も要領を得ませんでした。
それでも状況だけはなんとかわかりました。
わたしは受話器を戻してボックスの壁に寄りかかりました。
そして、彼の言葉を反芻しました。
母がわたしのアパートを訪ねたあと、駅のホームから転落して電車に轢かれた。
即死だった。
目撃者の話によると、ホームの端をフラフラと歩いていて、突然ふらっと体が揺れたと思ったら、スローモーションのように線路に落ちた。
警察は事故死の可能性が高いとみている。
医師から聞いて覚えているのはそれだけでした。
親族だけの通夜をするとも言っていたような気がしましたが、詳しいことは何も耳に入ってきませんでした。
本当に死んだんだ……、
ホームから落ちて……、
電車に轢かれて……、
即死…………、
わたしの所に来なければ……、
卒業証書を持って来なければ……、
ホームの端を歩いていなければ……、
ふらっと揺れた時誰かが手を差し伸べてくれていれば……、
線路に落ちた時電車が来なければ……、
急ブレーキが間に合っていれば……、
そんなことが頭の中をグルグル回っていましたが、電話ボックスを叩く音でハッと我に返りました。
誰かが怒ったような顔で何か叫んでいました。
早くボックスを空けろと言っているみたいでした。
慌ててドアを押して外へ出ると、その人は顔を一瞥して中に入っていきました。
自転車にまたがった時、後ろから肩を叩かれました。
ビクッとして振り向くと、さっきの人が立っていました。
思わず身をすくめました。
何かされたら大声を出さなくてはならないと思い、喉に力を入れて身構えました。
しかしその人は静かに右手を差し出しただけでした。
その手には十円玉が盛り上がっていました。
電話機の上と硬貨の返却口にあったのだと言いました。
わたしは無言で頭を下げて受け取りました。
するとま一瞥されましたが、何も言われませんでした。
その人が電話ボックスに戻ったのを見届けてペダルを強く踏み込みました。
13回の呼び出し音のあと、医師が電話に出ました。
彼は気が動転して落ち着きを失っていました。
声が狼狽えて聞き取りづらかったし、話も要領を得ませんでした。
それでも状況だけはなんとかわかりました。
わたしは受話器を戻してボックスの壁に寄りかかりました。
そして、彼の言葉を反芻しました。
母がわたしのアパートを訪ねたあと、駅のホームから転落して電車に轢かれた。
即死だった。
目撃者の話によると、ホームの端をフラフラと歩いていて、突然ふらっと体が揺れたと思ったら、スローモーションのように線路に落ちた。
警察は事故死の可能性が高いとみている。
医師から聞いて覚えているのはそれだけでした。
親族だけの通夜をするとも言っていたような気がしましたが、詳しいことは何も耳に入ってきませんでした。
本当に死んだんだ……、
ホームから落ちて……、
電車に轢かれて……、
即死…………、
わたしの所に来なければ……、
卒業証書を持って来なければ……、
ホームの端を歩いていなければ……、
ふらっと揺れた時誰かが手を差し伸べてくれていれば……、
線路に落ちた時電車が来なければ……、
急ブレーキが間に合っていれば……、
そんなことが頭の中をグルグル回っていましたが、電話ボックスを叩く音でハッと我に返りました。
誰かが怒ったような顔で何か叫んでいました。
早くボックスを空けろと言っているみたいでした。
慌ててドアを押して外へ出ると、その人は顔を一瞥して中に入っていきました。
自転車にまたがった時、後ろから肩を叩かれました。
ビクッとして振り向くと、さっきの人が立っていました。
思わず身をすくめました。
何かされたら大声を出さなくてはならないと思い、喉に力を入れて身構えました。
しかしその人は静かに右手を差し出しただけでした。
その手には十円玉が盛り上がっていました。
電話機の上と硬貨の返却口にあったのだと言いました。
わたしは無言で頭を下げて受け取りました。
するとま一瞥されましたが、何も言われませんでした。
その人が電話ボックスに戻ったのを見届けてペダルを強く踏み込みました。