『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
女の長い話が終わった。
花屋敷の奥さんは何も言わず、ただひたすら耳を傾けてくれていたが、聞き終わると、視線を外して病室の窓を見た。そして、女に顔を向けた。
「外に出ない?」
優しい声に押されて中庭に出ると、そこには、一本だけ植えられている桜の蕾が一輪開きかけていた。
「開花予想通りね」
その蕾を手で下から押し上げて鼻を近づけたが、すぐに顔をしかめた。
「いつになったら匂いを感じることができるのかしら……」
抗がん剤治療の影響で嗅覚に異常をきたしているのだという。
でも、その話はもう終わり、というように、「他に咲きそうなものはないかしら?」と他の蕾を一つ一つ確認していった。
「あれだけみたいね。たった一つだけ……」
寂しそうに笑って、ぽつりと呟いた。
「あなたも私もひとりぼっちね。娘と夫を亡くした私と、父親と母親を亡くしたあなた……」
声が消えると、頬を撫でる風が一気に冷たくなったような気がした。
何か言いたかったが、何も言えなかった。
いや、言うべきではないと思った。
じっとしていると、両手を取って見つめられた。
そして、「退院したら家に遊びに来てね」と言って、口角を上げようとした。
でも、すぐに顔が崩れて、涙を見せまいとするかのように背を向けた。
震える背中を見て、たまらなくなった。
後ろからそっと奥さんを抱き締めると、腕の中にすっぽりと収まった小さな体が痛ましかった。
それだけでなく、同じ不幸のニオイがした。
じっとしていると、女の手の上に奥さんの手が被さってきた。
柔らかな手だった。
「ありがとう」
その声は、母親の声に少し似ていた。
花屋敷の奥さんは何も言わず、ただひたすら耳を傾けてくれていたが、聞き終わると、視線を外して病室の窓を見た。そして、女に顔を向けた。
「外に出ない?」
優しい声に押されて中庭に出ると、そこには、一本だけ植えられている桜の蕾が一輪開きかけていた。
「開花予想通りね」
その蕾を手で下から押し上げて鼻を近づけたが、すぐに顔をしかめた。
「いつになったら匂いを感じることができるのかしら……」
抗がん剤治療の影響で嗅覚に異常をきたしているのだという。
でも、その話はもう終わり、というように、「他に咲きそうなものはないかしら?」と他の蕾を一つ一つ確認していった。
「あれだけみたいね。たった一つだけ……」
寂しそうに笑って、ぽつりと呟いた。
「あなたも私もひとりぼっちね。娘と夫を亡くした私と、父親と母親を亡くしたあなた……」
声が消えると、頬を撫でる風が一気に冷たくなったような気がした。
何か言いたかったが、何も言えなかった。
いや、言うべきではないと思った。
じっとしていると、両手を取って見つめられた。
そして、「退院したら家に遊びに来てね」と言って、口角を上げようとした。
でも、すぐに顔が崩れて、涙を見せまいとするかのように背を向けた。
震える背中を見て、たまらなくなった。
後ろからそっと奥さんを抱き締めると、腕の中にすっぽりと収まった小さな体が痛ましかった。
それだけでなく、同じ不幸のニオイがした。
じっとしていると、女の手の上に奥さんの手が被さってきた。
柔らかな手だった。
「ありがとう」
その声は、母親の声に少し似ていた。