『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 東京都知事が発した『オーバーシュート(感染爆発)』と『ロックダウン(都市封鎖)』という言葉を聞いた瞬間、『移動制限』『旅行自粛』ということがすぐに頭に浮かんだ。
 それは、旅行業界にとって致命的な事態に陥るということだった。
 つまり、事業継続の瀬戸際に立たされることを意味していた。

 売上がゼロになったらどれくらい持ちこたえられるのか? 
 信用金庫の融資枠は確保していたが、それは当面の経費を賄うレベルでしかなかった。
 新型コロナウイルスに対応するワクチンも治療薬もない中で感染爆発が起こったら、数週間程度の移動制限では済まないだろう。
 とすると、何か月にも渡る可能性がある。
 売上ゼロで経費だけが出て行く期間が何か月も続くことになるのだ。
 そんなことになったらとても会社を続けることはできない。
 廃業しか道が無くなる。
 それを避けるためには早急な一手が必要だった。
 特に、家賃と人件費への対策が急務だった。
 毎月支払っている家賃は共益費込みで65万円。
 解約する場合は3か月前に予告する必要があった。
 その上、原状回復するための費用が掛かることになる。
 但し、敷金を家賃の6か月分預け入れているので、持ち出しにはならないだろう。
 問題は人件費だ。
 社員の平均年齢は33歳と若いが、全員正社員なので給与以外の経費が馬鹿にならない。
 最も大きいのが社会保険料の会社負担分だ。
 それ以外にも福利厚生費や退職金の積み立てなどもある。
 全部合わせると、社員10名の年間人件費は5,000万円に達する。
 月に直すと400万円を超える。
 これをなんとかしなければならない。
 といって、解雇することはなんとしてでも避けたい。
 社員は同志なのだ。
 家族なのだ。
 見捨てるわけにはいかない。
 絶対に雇用は守ると決めている。
 しかし、仕事が無くなることがわかっているのに、指をくわえているわけにはいかない。

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