『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 出した答えは二つだった。
 一つ目。
 オフィス契約を解除して、本社を自宅に移す。
 二つ目。
 社員が当面働けるところを探す。
 着手順は逆だ。
 二つ目の目処が付いてから一つ目を実行する。
 社員の代替勤務先が見つかる前にオフィス契約を解除することはできない。
 
 10日前、男が出した指示は〈岩手県の大規模農業法人との交渉〉だった。
 彼らは外国人労働者を数多く雇っていた。
 外国人技能実習制度を活用した農業経営を行っていたのだ。
 しかし、今回のコロナ騒動によって多くの外国人が帰国した結果、収穫だけでなく種まきや植え付けといった作業までが滞ってしまっていた。
 更に、入国制限によって新たな人材の来日が困難になり、農業の現場では深刻な人手不足に見舞われることになった。
 男はそこに目を付けた。
 一時的に社員を農業法人に派遣したらどうかと思ったのだ。
 もちろん、社員に農業経験はない。
 ど素人だ。
 しかし、若くて体力がある。
 物覚えも早い。
 しかも、ITを活用する能力が高いので、生産性改善へのお役立ちができるかもしれない。
 それに、農業経験を観光につなげられる可能性だってある。
 農業+観光=アグリツーリズムだ。
 世界ではアウトドア派を中心にその市場規模が急拡大しているが、日本ではまだほとんど知られていないし、市場自体が立ち上がっているとは言えない。
 でも、だからこそ、チャンスなんだ。
 そう考えた男は、岩手で観光新所を探させていた社員に指示を出して交渉に当たらせていたのだ。

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