『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 交渉した農業法人はどこも「猫の手でも借りたい」「手伝ってもらえるなら何人でも雇いたい」と言っていたらしい。
 しかし、男が社員に指示していたもう一つの条件がクリアできなかった。
 それは、使われなくなった古民家を無料で貸してもらうという条件だった。
 農業+観光だけでは男の新プランは完成しない。
 そこに古民家生活というものが付随して初めて完成するのだ。
 農業+観光+古民家生活こそが、新たな観光資源になると考えたのだ。
 つまり、コロナ以降の新アグリツーリズムということになる。
 
 社員は岩手県内を駆けずりまわって条件を満たす農業法人を探したが、簡単には見つからなかった。
 それでも人伝(ひとづて)に捜し歩いてやっとハウス野菜栽培を大規模に行っている会社に辿り着いた。
 そこでは年間を通じてトマトを栽培しながら多品種の青物野菜を手掛けていた。
 二代目になってから規模の拡大に着手し、その主な担い手として外国人技能実習生を活用していた。
 しかし、今回のコロナ騒動で12人いた外国人が全員帰国してしまい、まったく手が回らない状態になった。
 二代目は血眼になって働いてくれる人を探したが、簡単には見つからず頭を抱えていたのだという。

 彼が提示した条件は時給850円だった。
 8時間労働で1日6,800円。
 月に直すと約17万円になる。
 東京基準からするとかなり低いが、魅力的な提案が付随していた。
 毎日の昼食は賄いで出すというのだ。
 おまけにトマトは食べ放題だという。
 更に、管理している大きな古民家が空いているので自由に使っていいという。
 親戚筋に当たる大家は東京に住んでいるらしいが、岩手に帰ってくる予定がないらしい。
 管理を委託された手前、換気は定期的に行っているが掃除にまでは手が回っていないので、使ってくれた方が助かると言われたらしい。

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