『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
「二重生活になります。単身赴任手当は出ますか?」
 30代前半の男性社員だった。
 昨年女の子が生まれていた。
「申し訳ないが、その余裕はありません」
「そうですか……」
 うな垂れるように下を見つめた。

「月に何度かは帰ることができますか?」
 小学生の子供がいる30代半ばの男性社員だった。
「難しいと思います。もし緊急事態宣言が出たら移動は制限されるので、東京に帰ってくることはできないと思います。それに、岩手県はまだ感染者がゼロなので、一度東京に戻った人を再び受け入れることは相当な抵抗があると思います」
 彼は何も言わず目を伏せた。

「夫の親の介護があって、東京を離れることができません。こちらで仕事を探していただくことはできませんか?」
 40代半ばの女性社員だった。
「難しいと思います。これからすべての企業の経営が厳しくなっていきます。リストラの嵐が吹き荒れるかもしれません。そんな中で新規の求人があるとはとても思えません」
「では、どうすればいいのですか?」
 岩手には行けない、東京では仕事がない、給料は大幅に下がる、三重苦に直面した女性社員が哀願するような目で男に訴えかけた。

< 179 / 368 >

この作品をシェア

pagetop