『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 4月6日、朝からどんよりとした雲が空を覆っていた。
 夕方には雨が降るらしい。
 社員を激励し、オーナー夫妻に礼を言って、男は一人東京へ急いだ。
 しかし、東京に近づくにつれて空から雲が無くなり、途中から快晴に変わった。
 18度まで気温が上がっているらしい。
 岩手との違いに、改めて日本は広いと認識を新たにした。
 
 自宅に着いた頃には薄暗くなっていた。
 もう少し早く着くつもりだったが、仲間のいない一人旅は退屈で、眠気覚ましに4回も休憩を入れたので時間がかかってしまったのだ。
 男は急いで部屋に上がり、ケトルでお湯を沸かした。
 そして、途中コンビニで買ったカップラーメンを掻き込んだ。
 火傷しそうになりながらも冷たい水で口の中を冷やしながら食べ終えてテレビを付けると、官邸におけるぶら下がり会見が始まっていた。
 
 7日に緊急事態宣言を発令し、8日午前零時から効力を発生させると首相が言明した。
 対象地域は、東京、埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫、福岡の七都府県だった。
 都市の封鎖はしないが、密閉・密集・密接の〈三つの密〉を防ぐためには外出自粛に対する全面的な協力が必要であると強調し、国民の理解を求めた。
 
 ついに来たか……、
 男の口から思わず重く沈むような息が吐き出された。
 しかし、岩手へ社員を送り届けることがぎりぎり間に合ったことへの安堵も同時に感じていた。
 但し、それは嵐の前の準備ができただけということもわかっていた。
 想像もつかないほどの大嵐が目前に迫っているのだ。
 これからが正念場なのだ。
 勝つか負けるか、倒すか倒されるか、生き残りをかけた戦いを前に身震いを止めることができなかった。

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