後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 翌日、ベーカリーの仕事が終わったあと、オーナー夫妻に勤務時間を延長してもらえないか相談を持ち掛けた。
 ピアノの仕事が無くなって収入が半分以下になるので、フルタイムで働かせて欲しいとお願いした。しかし、
「ごめんなさい。そうしてあげたいのだけど、いま人手は足りているから、これ以上増やすことは考えていないの」
 申し訳なさそうに奥さんが頭を下げると、ご主人が話を引き継いだ。
「これからお客さんの動きがどうなるか見極めないと、うちの店もどうなるかわからないからね」
 頭の中は今後のことでいっぱいのようだった。
「今の状況は重々承知しています。無理を言って申し訳ありません。でも、もし午後勤務の人が辞められることがあればお声掛けしていただけるとありがたいのですが」
 哀願すると、「わかってます」と静かな声が返ってきた。
「その時は真っ先に声をかけるから安心して」と優しい声になった。
 女は深々と頭を下げて店を辞した。

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